第11章 見宝塔品(けんぽうとうぼん)その1



多宝如来2
多宝如来の登場です。


絶対の真理としての教え

今までの「法華経」の説き方とこの見宝塔品の説きかたは随分異なっている。
それはこの「見宝塔品」では宝塔が中にとどまって教えが説かれるからである。
本当の仏の教えが時間、空間を超越した絶対の教えであることを示すために、不思議な事実を説いているのである。
釈尊が説いた教えは絶対の教えであることを多宝如来が証明するのである。

多宝如来は永遠の真理そのものを示し、釈迦牟尼仏はその真理を説く人である
その二人が塔の中で並んで座ったということは意味が深く、この二人が平等であることをあらわしているからである。


教えを説く仏とその真理性を証明する仏の二人が並んで、「法華経」の教えを弘めよ、と言ったのである。

「法師品」の説法を聞いて人々の心の中にはこの法華経の教えを世の中に広めようと決心したとき、目の前に高さも幅も無限の長さを持った七宝づくりの塔が忽然として地中から湧出して空中にとどまった。
その塔はたくさんの宝石や花で飾られ芳香を放っていた。そして、塔の周りでは、天、竜、夜叉、などありとあらゆるいきものが集まってこの塔を供養し、尊敬し、褒めたたえた。

塔が地から湧出したのには大きな意味がある。地面というのは脚に地がついたところであり、「脚下」であり、この現実である。このような現実の中からこそ真の理想が生まれるのであり、現実を離れた真理は単なる抽象物に過ぎない。

脚下照顧(きゃっかしょうこ)」して着実に一歩一歩現実を踏みしめて進むとき、真の真理が生まれてくるのであり、その理想こそ仏の教えなのである。
宝塔が地から湧出した意味は大きい。

続きは次回…


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第11章 見宝塔品(けんぽうとうぼん)その2



2014.jpg
その人が本当に理解できる能力に達したときに法華経とのご縁があるかも....


聖徳太子も日本国を法華経の精神にしようとしました。



◎宝塔の中から次のような大きな声が聞こえてきた。

「善いかな、善いかな、釈迦牟尼世尊は、平等の大慧(だいえ)をもって人のために尽くす行いこそ、仏の境界に達する道であり、また仏がお護りになって「機」が熟さなければお説きにならない教えである「妙法蓮華経」を大衆のためにお説きになられました。皆さんが今聞かれたとおりです。まことに釈迦牟尼世尊がお説きになることはすべて真実なのです。」という声が宝塔の中から聞こえたのであった。

この、姿は見えないが宝塔の中から聞こえた重要な教えは「平等の大慧」「菩薩を教える法」「仏所護念」ということである。

「平等の大慧」とはあらゆる衆生は平等に仏性をもっていることを見極めた智慧である。

「菩薩を教える法」とは菩薩として人々をのために力を尽くしてゆくような教えによらなければひとを救うことができないということである。

「仏所護念」これはその人が本当に理解できる能力に達したときに教えるものでその時期が来るまでむやみに人に示さないことである


釈尊が40余年の間、説いた教えは方便の教えであり、いまやここに真実が説かれたということを多宝如来が証明したのであった

続きは次回…


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第11章 見宝塔品(けんぽうとうぼん)その3



多宝如来2

法華経を信じる者を救ってくださる仏!




◎教えの証明者 ..... 多宝如来

大勢の人たちは、宝塔が空中にあり、さらにその中から声が出てくるのを聞いて、大いなる喜びを得て、このようなことは、今まで見たことも聞いたこともないと思って座より立って敬い、合唱して周りに立っていた。

そのとき、大楽説(だいぎょうせつ)菩薩は「釈尊よ、どういうわけでこの宝塔が地から湧出し、その中から声がしたのですか」と人々に代わって質問した。すると仏はこの宝塔の中に如来の全身があるのだと答えた。如来の全身とは、無限の智慧、無限の生命を備え、一切の人々を救う慈悲心を備えた仏である。この宝塔の中には多宝仏という仏が全身いるのである。

多宝如来は遠い過去の東方はるか彼方に宝浄という国があり、その国に多宝という仏がいた。多宝は菩薩の修行をしていたときに大きな誓願を立てた。

それは、自分が死んだ後に、自分を祈念して自分の全身を供養しようと思う者は、ひとつの大きな塔をたてなさいというものであった。自分はなくなった後にも神通力を持っているので、十方の世界どこでも「法華経」を説くところがあるならばそこに現れて、自分の全身が塔の中にいて「善いかな、善いかな。今説くところの教えは真実の教えである」といって「法華経の」真実性を証明し、その教えが広まるように努力するであろうと。

続きは次回…


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第11章 見宝塔品(けんぽうとうぼん)その4



証明
誰かが証明してくれないと、真実って伝わらないよね!




◎教えの証明者 ..... 多宝如来!(その2)

ここに多宝如来の塔が現れてきたのは
この自分(釈迦牟尼仏)が「法華経」を説くのを聴いて、その真実を証明するためである。
釈迦牟尼仏が説いて、これを多宝如来が証明した。これは大切なことである。
自分が説いた教えを他の人がこれこそ真実であると証明してくれたならば、教えを説いた人は大きな確信と喜びに包まれるまれる

仏の御心が通じた通じた大楽説(だいぎょうせつ)菩薩は、お声を聴いただけでは物足りないから、その多宝仏のお姿を見たいと申し上げた。

すると仏が大楽説菩薩に言った。多宝仏には深い願いがある。それは、「法華経」を説く仏が別れて数限りない仏となってあちこち至るところで教えを説いている。このたくさんの教えを説いている仏がここに集まってきて、大衆がこれらの仏が「法華経」を説いた仏の分身であることがわかったとき、自分は姿を現して証人に立とうという願いであった

大楽説菩薩は私たちは世尊の分身の諸仏を見て供養したいと思います、と言った。
仏が白毫(びゃくごう)の光を放つや東の方にたくさんの諸仏の姿が見えた。

その国土は宝石で荘厳されて美しく、たくさんの菩薩がその中にいた。その国の諸仏は気高いお言葉で教えを説いていた。多くの菩薩たちはその教えを聴いてさらに大勢の人たちに教えを説いていた。東方ばかりでなく、南方、西方、北方、上下四方もすべて仏の光に照らされていた。たくさんの仏や菩薩のとく教えはすべて同じであった。


続きは次回…


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第11章 見宝塔品(けんぽうとうぼん)その5



その5
娑婆即寂光土の世界(画像、イメージです)



◎半座を分かつ

この十方の仏や菩薩たちは娑婆世界(苦土・現世)にいる釈迦牟尼仏のところへいき、多宝如来の宝塔を供養しに行きたいと言った。

すると突然、娑婆世界は転じて清浄な国となった。美しい宝石で飾られ、良い香りを放ち、蓮の花におおわれた。

この美しい国土には、「法華経」を聞いている人たちだけが残り、その他の天、人はよそに移された。

苦しい人間の娑婆世界がそのまま仏の世界になったのである。(娑婆即寂光土の世界)

十方の仏が。各々ひとりの大菩薩をお伴にしてこの娑婆世界にやってきた。

仏たちはそれぞれ宝樹の下に座った。獅子の座に座り結跏趺坐(けっかふざ)してこの仏たちは釈迦牟尼仏の分身の中のほんの一部であった。

仏の分身は無限であり、仏の力は絶対である。

そこで仏はまだ来ていない分身を収容するために、さらに多くの国を清浄国土に変えた。


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第11章 見宝塔品(けんぽうとうぼん)その6



多宝如来3
多宝如来は法華経を信じる者を守護する



◎半座を分かつ(その2)

かくて釈迦牟尼仏の分身が釈迦牟尼仏を中心として霊鷲山(りょうじゅうせん)に集まってきた。
それは無限の仏の集まりであった。たくさんの仏たちは侍者(じしゃ)に釈迦牟尼仏のご機嫌伺いに行かせた。

そして、釈迦牟尼仏は自分の分身が皆集まってきて獅子のざに坐り、宝塔を開いてくれるように希望を持っていることを聞いて、坐より立ち上がって虚空に住した。

周りの仏たちは起立し合掌して一心に仏の姿を見たのであった。
虚空に住するというのは高いという意味だけではなく、大空のように一切衆生を平等に見下ろして教えを説く意味である。
仏は右の指で宝塔の扉を開いた。その中には多宝如来が禅定に入っているようなお姿で、端然として坐っていた。
釈迦は自分が信ずる教えをやっと説く機会が訪れたから今や心から満足して説くのである

多宝如来は、釈迦牟尼仏が説く「法華経」の教えが真実であることを証明するためにここに坐っているのである

人々は、このような多宝如来のお言葉はいまだかつて聞いたことがないすばらしいお言葉であるとわかって多宝如来と釈迦牟尼仏の上に花を散らした。まさにそれは一幅の絵であった。

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第11章 見宝塔品(けんぽうとうぼん)その7



多宝如来その3
二つの塔が並ぶように!




◎半座を分かつ(その3)

宝塔の中にいた多宝如来は半座を分けてその座を釈迦牟尼仏に与えて、「釈迦牟尼仏、どうぞこの座にお座りください」というや否や、即時に釈迦牟尼仏は宝塔の中に入り、その座に坐り結跏趺坐(けっかふざ)したのであった。

教えを説く仏である釈迦牟尼仏とその教えが真実であることを証明するた多宝如来の二人が並んだことは、この教えの絶対性をあらわすものである。

半座を分かつとは二人の心が全く一つになっていることをあらわす。多宝如来が釈迦牟尼仏に半座を分かったのも、二人の心が完全に一致していたからである。

しかも、このことを強烈に印象づけるために、二仏は並んで坐ったのである。

多宝仏は宝塔の中にいた時も釈迦牟尼仏が「法華経」を説くことを賞讃し、さらに宝塔をあけた時も、賞讃し、なおかつ半座を分かち与えたのであった

多宝仏と釈迦仏は一つの絶対の真理の共通の具現者であった

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第11章 見宝塔品(けんぽうとうぼん)その8



虚空会
虚空会(こくうえ)に場面が変わります。(画像、参照)




◎娑婆世界(しゃばせかい)で説く教え

その時、周りにいた大勢の人々は二人の如来が宝塔の中に結跏趺坐しているのを見て、今までは地上において教えを説いていた仏が高い虚空の中に行ってしまったので大衆は大変心細くなってしまったのであった。

そして、「どうか仏様、自分たちも神通力によって虚空に行かせてください」とお願いしたのであった。

自分たちも仏様に近いところへ呼び寄せてほしいと思っていたのである。
この大衆の望みを聞いた仏は即時に神通力を用いて大勢の人をみな虚空に引っ張り上げたのである。

ここから、説法は「虚空会(こくうえ)」となる。今までは霊鷲山の地面の上で説法していたから「霊山会」と言ったが、これからは虚空において教えをお説きになられるから「虚空会」という。

この「見宝塔品」の説き方は二処三会といわれる。

二処とは、地上と虚空の二つの場所。三会とは、最初は地上の説法である「霊山会」、つぎは空中の説法である「虚空会」最後は再び地上におりてきての説法である「霊山会」である。

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第11章 見宝塔品(けんぽうとうぼん)その9



釈尊
釈尊に代わって法華経を広げなくてはならない。(画像参照)


◎二処三会(にしょさんえ)ということは重要である。

地上は現実、空中は理想である。我々はまず汚濁の実相である現実を否定し現実を超えて理想を目指さなければならない。
しかし、全くの現実を否定し去ってつかまえた理想は何の力を持つものではなく、単に空想に過ぎなくなる。

この理想を再汚濁の現実に引きおろしてこそ、真の理想、生きた具体的な理想になりうる。

大勢の人が虚空に昇るや、釈尊は大きな声で大勢の人々にいわれた。


「誰かよくこの娑婆世界において、広く妙法華経を説かん。今、まさしくこれ時なり。如来久しからずして、当(まさ)に涅槃にいるべし。仏、この法華経を以て、付嘱して在ることあらわしめんと欲す」。

「娑婆国土において」 というのが重要である。
娑婆というのは苦土であり、穢土(えど)である。このような娑婆国土において 「法華経」 を説けというのである。
人々が苦しんでいる世界こそ「法華経」が説かれるところなのである。

「今、正しくこれ時なり」 とはいまこそ 「法華経を説く決心をする時が来たのだ」 ということである。
「如来久しからずして、当に涅槃に入るべし」 とあるように釈尊は教えを説き終わったから、間もなく死んでゆかねばならない。だからこそ、死んでいく釈尊に代わって誰かが 「法華経」 をこの末法の世に説かねばならないのである

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第11章 見宝塔品(けんぽうとうぼん)その10



法華経
法華経を広めるのは、困難が立ちはだかる。(画像、参照)



◎六難九易(ろくなんくい)とは

多宝如来の出現と、10万世界の諸仏の来集とは「法をして久しく住せしめん。」ためであった。
法とは法華経が説く正しい教えである。
この正しい教えを永遠にこの世に残すために多宝如来の出現となったのである。

末法の世にあって、法華経を断絶させないために、この教えを説いたのである。


それなら安心して教えを説ける、あまり努力しないでも教えを広められると思うのは凡夫である。

教えを説くこと、教えを広めることの困難さを説き明かし、安易な気持ちで教えを説くことを強く戒めたものである。

法華経を色読した日蓮聖人は、「この法華経は必ず広まる。しかし広める人は災難を受ける。しかし、この困難に堪えることによって正法は広まる。」という確信を持っていた。
だからこそ不惜身命(ふじゃくしんみょう)の広宣流布が可能であったのである。

絶対不変の真理である「法華経」の教えを末世に伝えるためには、大願をおこさなければならない。

経文には「まさに大願をおこして、久しく住することを得せしむべし。」と説かれる。
それは、護法の大願である。大願をおこしたのでなければ、わずかな迫害や困難にあうとくじけてしまうものだ。

この「法華経」の教えを説き広めるということは大変なことである。

六難とは、法華経を広めるのに六種の困難があること、九易というのは、世間的には非常に困難なことではあるが、法華経を広宣流布(こうせんるふ)する困難に比べれば、そんなにむずかしいことではなく、むしろ容易なことだから九易というのである。


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第11章 見宝塔品(けんぽうとうぼん)その11


奇跡
今世、法華経と出会えることは奇跡に近いです!(画像はイメージ)



◎六難九易(ろくなんくい)とは(その2)

さて、問題は九易ではなくて六難である。
日蓮聖人の「開目鈔(かいもくしょう)」の中に次の言葉が見える。

大海の主(しゅ)となれば諸々の河神(かしん)皆したがう。須弥山(しゅみせん)の王に諸々の山神(さんしん)したがわざるべや。法華経の六難九易を弁(わきま)うれば、一切経読まざるにしたがうべし。

大海の主神にあらゆる河神が従ったり、須弥山の大王にすべての山神が従うように「法華経」の六難九易がよくわかれば、ほかの一切のお経は読まなくてもよいという。
それほど「法華経」の六難九易は「法華経」の教えを広めるためには重要なことなのである。

六難とは

①説教(せっきょう)難…「法華経」を説くことは難しいということである。お経を説くと罵る者、誹謗するもの、さらには迫害者も現れる。このような真っ只中でお経を説くのが難しいということ。

②書持(しょじ)難…「法華経」を書いたり、「法華経」の信仰を持つことの難しさをいう。

③暫読(ざんどく)難…少しでも本当に読むことは難しいことをいう。

④説法(せっぽう)難…「法華経」の精神を説くことの困難さをいう。

⑤聴受(ちょうじゅ)難…教えを聞いて大切なところをしっかりと受けて信じることの難しさをいう。

⑥奉持経(ぶじきょう)難…「法華経」を持ち続けて後世に伝えることがどんなにか難しいことであるかをいう。

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第11章 見宝塔品(けんぽうとうぼん)その12



ああ言えばこう言う
屁理屈
今は末法、益々釈迦尊から遠ざかっていってます。(画像はイメージ)



◎末世(まつせ)に弘めよ

法華経以外の経典は無数にある。これらの無数の経典を説くよりも「法華経」を説くことがいっそう難しい。
世界で最も高い「有頂天」にたって「法華経」以外の多くの経典を説くことも大変難しいことであるが、それ以上に仏が滅した後のこの悪世の中で「法華経」の教えを説くことは難しいのである。これが説教難である。

次に、人が大空を自由に動き回ることは超能力でもなければできないことであるが、それよりも仏がなくなったあとに「法華経」を書き、その教えを信仰させたりすることはいっそう難しいのである。これが書持(しょじ)難である。

大地を足の甲の上にのせてそのまま高い天の上に昇ることも容易なことではないが、それよりも仏が亡くなった後で悪世の中で「法華経」を読み、その教えを体得することはいっそう難しい。これが暫読(ざんどく)難である。

世の中の末に世界が焼きつけてしまう火災が起こったとき、その中へ乾ききった草を担って入っても焼けないということは大変難しいことであるが、仏が亡くなったのちに「法華経」を保持して一人のためにでもこれを説くことは困難である。
これが説法難である。

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第11章 見宝塔品(けんぽうとうぼん)その13



仏の願い
仏の願い。(画像参照)


◎末世に広めよ(その2)

あらゆるお経を人に説いて人々に六種の神通力を得させることは大変むずかしいことであるが、それ以上に仏の滅後に「法華経」の教えを聞いてそれを実行するにはどうしたらよいか。

さらに、人が教えを説いてたくさんの衆生に小乗の悟りを得させて六種の神通力を得させることは難しいことではあるが、それ以上に「法華経」を護持して後世に伝えることは大変むずかしいことである。これが「奉持経難(ぶじきょうなん)」である。

この一段の経文の中に「難しとせず」という文章が九つあり「難しとす」という文章が六つあるから、「六難九易」という。

仏が滅度した末世の険悪な世の中において「法華経」説き、 その教えを実行し書写し、護持し、広めていくことがどんなにか困難なことであるかをはっきりと示されたのである。

釈迦尊は多くのお経を説いた中で、「法華経」が第一であることを明言した

経文には「この経第一なり」とある。仏は法華経を説くのに最も大きな努力を注いだのである。

この「法華経」の教えを信じて実行するものがあれば、「即ち、仏身を持つなり」とある。仏自身が行われたことを自分も行うことができるようになることが仏身をもつことになる。

仏の滅後において「法華経」の教えを信じ、実行する人こそ、真の勇猛精進する人、真の持戒者、真の頭陀行者、である。

仏の滅後、末法の世は恐ろしい。教えを信じず、理解しないばかりでなく、誹謗し迫害するもので満ち満ちている。
そういう邪悪な末世の中で、「法華経」の教えを説き続ける人がいるならば、その人はあらゆる人から供養される人になると説く。


この「見宝塔品」では「法華経」の教えは絶対真実の教えであるから、どんな困難に出会ってもこれを説き広めなければならないと強調している。

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プロフィール

白蓮の香り

Author:白蓮の香り
白蓮堂のブログにご訪問ありがとうございます。神界、霊界、人間界(魂.心.肉体)は綿密に繋がっています。少しでも多くの人々に真実を知っていただきたく思い仏教の中での最高峰の経典、「法華経」をご紹介させていただきます。私(渡辺西洲)が勧める¨本物の法華経¨と出遭えたなら、あなたに、奇跡が起きます! 一人でも多くの人にご縁がありますように ....... (合掌)

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