第23章 薬王菩薩本事品(やくおうぼさつほんじほん)その1



2017 2 6 1
法華経の教えを理解することはできても、実行することはむずかしい。


◎教えを実行すること ......... 実例を示す教え

「法華経」は「嘱累品」(ぞくるいほん)第22までで教えが完成し、ここで一段落ついたのであり、「嘱累品」まで読めば「法華経」の教えを理解することと、それを実行することの大要はすべてわかるのである。それならばどういうわけで 「薬王菩薩本事品」(やくおうぼさつほんじほん) 第23章から「普賢菩薩勧発品」(ふげんぼさつかんぼつほん) 第28章までが説かれたのであろうか。

それは教えを理解することはできても実行することはむずかしいからである。ただ教えを読んだり聞いたりしただけでは、なかなかわからないものである。そこで実例が必要になる。その実例とは、過去において「法華経」の教えを実行し修行してついに悟りを開いた人のことである。もちろん悟りを開いた人には釈迦がいるわけであるが、もう少し身近に感じられる菩薩のほうがわれわれ凡夫にはふさわしい

観音菩薩や、この薬王菩薩の話がわれわれにはよくわかり親しみを感じとることができる。このようなわけで、第23品以下で「法華経」の教えを実行した模範的な菩薩のことを説いたのである。

この「薬王菩薩本事品」は、薬王菩薩がどういうことを実行したかという物語なのである。その薬王菩薩は両腕に火をつけて燃やす燃灯供養(ねんとうくよう)を行なったのであるが、実際に燃灯供養を行った歴史上の人物もいた。これは「法華経」の「薬王菩薩本事品」に説かれた薬王菩薩の焼身供養の話が、多くの人々に信仰されていたからである。

次回につづく。


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第23章 薬王菩薩本事品(やくおうぼさつほんじほん)その2



2017 2 17
法(法華経)の供養が最上の供養となる。


◎焼身供養の意義

薬王菩薩が自由自在に教化できるのは、難行苦行の結果なのである。

一切衆生喜見菩薩(いっさいしゅじょうきけんぼさつ、この菩薩がすなわち薬王菩薩である)という菩薩や、声聞衆(しょうもんしゅ)のために「法華経」 をお説きになった。この一切衆生喜見菩薩は「法華経」 の教えを聴いて、よし自分もどんな苦しい修行でも耐え忍んで必ず成仏してみせると決心した。やがて修行の結果、「現一切色身三昧」(げんいっさいしきしんざんまい)という霊力を得ることができた。現一切色身三昧というのは、相手に応じて適当な姿を現し相手にふさわしい教えを与えることができる霊力のことである。長い間の苦行の結果、このようなすばらしい霊力を得たのである。

諸(もろもろ)の施(せ)の中に於(お)いて最尊最上(さいそんさいじょう)なり。法を以(も)って 諸(もろもろ) の如来を供養するが故(ゆえ)にと。

焼身供養とは、法(おしえ)をもって仏に供養することなのである。仏の恩に報いるためには、自分の身を苦しめ、自分を犠牲にして、法を弘め、その法の光によって全世界を照らしだすこそが何ものにも勝る供養となる。

焼身供養のほんとうの意味は、自分がどんなに苦しくとも教えの通りに修行しその教えを世に弘めその教えの光によって世の中を照らしだそうということなのである

法の供養とはただ教えを弘めることではない。自分自身の修行と完成をほったらかしにして、ただ教えを弘めることは、法の供養にはならないのである。自分の身を苦しめて、世の中を明るくしてゆく、それこそが第一の布施(ふせ)なのである。法を弘めることができれば、仏の心が世の中にゆきわたることになる。これこそ仏がいちばん喜ぶことである。だからこそ法の供養が最上の供養となるのである。


次回につづく。


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第23章 薬王菩薩本事品(やくおうぼさつほんじほん)その3



薬王菩薩
「法華経」を受持(じゅじ)するものは、一切衆生のなかでももっともすぐれた第一の人である。


◎両腕を焼く

薬王菩薩が自由自在に教化できるのは、難行苦行の結果なのである。

腕を燃やして供養するとは、自分の身を苦しめ、難行苦行することを意味する。一切衆生喜見菩薩(いっさいしゅじょうきけんぼさつ)は、仏恩に感謝するかたい決心を大ぜいの人々の前で具体的に示すために腕を焼いたのであった。この一切衆生喜見菩薩の決意のしるしを見た人々は、仏の智慧を悟り、仏の教えを必ず弘めなけらばならないと決意したのであった。

一切衆生喜見菩薩が自分の身を焼いて仏を供養したということは、仏の悟りを得るために過去世(かこせ)において難行苦行したことを示している。最大の自己犠牲もいとわず、仏の教えを弘めることに粉骨砕身した精進を示している。

※発心して仏の智慧を得ようと思う者がいたならば、燃灯供養せよ。物よりも、どんな苦しみに耐えても修行しようという志のほうが尊いのである。自分が法(法華経)のために骨をおること、それに勝る供養はない。

川や湖の水がどんなにあっても、海にくらべれば問題にはならない。海が第一であるのと同じように、この「法華経」はたくさんのお経のなかでももっとも深大なものである。海には多くの川が流れて集められるのと同じように、多くの他のお経の教えは「法華経」で統一されているのである。インドには多くの山があるが、そのなかで須弥山(しゅみせん、ヒマラヤ山脈)が第一であるのと同じように、「法華経」こそが諸経のなかで最上なのである。須弥山(しゅみせん)はただ高いというだけでなく、世界の中央にありあらゆるものを統一する。「法華経」もまたあらゆる教えの中心となって統一するから、「法華経」が最上であるというのである。

また天には無数の星があるが、月がもっとも明るく第一であるように、「法華経」こそがあらゆる教えのなかで人の心を明るくする。「法華経」は人生のともしびとなり、闇夜を照らす光明となる。さらに太陽が東の空に現れると夜の闇が消えて明るくなるのと同じく、「法華経」は「不善の闇」を破る。智慧のない者に人生の智慧の光明を与えるのが「法華経」なのである。また、王さまのなかでは、転輪聖王(てんりんじょうおう)が一番偉いのと同じように、「法華経」は多くのお経のなかでも「尊い」のである。尊い国王は人民を導いてゆかなければならない。他の教えを信じる人たちを「法華経」の教えに導いてやることが大切なのである。

さらに帝釈天(たいしゃくてん)は天上の最高の天王であるが、その帝釈天に比較されるのが「法華経」であり、まさしく諸経の王なのである。さらに大梵天王(だいぼんてんおう)が一切衆生の父であるように、この「法華経」も一切の賢聖(けんじょう)、学(がく)、無学(むがく)、菩薩(ぼさつ)の父である。さらに、凡夫に比べれば小乗の悟りを得た声聞(しょうもん)や縁覚(えんがく)のほうがすぐれているのと同じように、「法華経」は一切の仏の説いたこと、菩薩が説いたこと、声聞が説いたことなど、ありとあらゆる小乗から大乗にいたるまでのお経のなかで第一である。「法華経」が諸経の王であり、多くの教えのなかの最高のものであることはわかったが、さらにこの「法華経」を受持(じゅじ)するものは一切衆生のなかでももっともすぐれており第一の人である

「受持」するとは、かたく信じて身に保ちつづけ、その教えを実行することである。

追伸、私事ですが(西洲)、この薬王菩薩本事品23品は、法華経の中でも一番、読み込んだ品でもあります! 自分の両腕まで焼き捨ててまでも、法華経を信じることができるか? ここまでの決意があってこそ法華経を守護する仏様になれたのだと、やっと悟れた小生です。 


次回につづく。


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第23章 薬王菩薩本事品(やくおうぼさつほんじほん)その4



法華経 曼荼羅

「無生法忍」(むしょうほうにん)という最高の悟りを得たならば無数の諸仏が見えるようになる。


◎無限の功徳

薬王菩薩が自由自在に教化できるのは、難行苦行の結果なのである。

「法華経」は一切衆生を救うものであり、一切衆生の苦悩を離れさせてくれる。人間は生きている限り苦しみから離れることはできない。どんな人にも人に言えない悩みがあるはずである。そのような苦悩を「法華経」の教えは離れさせてくれるのである。「法華経」の教えによって苦悩を離れることができるということは、自分が仏の心になれば自然に苦悩をなくすことができるようになるからである。 経文は、

此(こ)の経は能(よ)く大(おお)いに一切衆生を饒益(にょうやく)して、その願いを充満(じゅうまん)せしめたもう。

とあるように、一切衆生に利益(りやく)を与え、「その願い」をみたしてくれるという。「その願い」とは何か。われわれの心の奥底にある願いである人は一人では生きられない多くの人々とともに平安に和(なご)やかに生きることが願いなのである。その願いをみたしてくれるのが「法華経」の教えなのである。

それはあたかも清らかな冷たい水が湧きでている池へ行けば、のどの渇きをいやしてくれるように、寒いときに火を得るように、「法華経」の教えを得れば一切の苦しみから逃れることができる。それは病のときの薬であり、闇夜のともしびであり、渡りに船であり、貧しきに寶(たから)を得たるが如く。「法華経」は衆生一切の苦しみ、痛みを離れさせ、「能(よ)く一切の生死(しょうじ)の縛(ばく)を解(と)かしめたもう」のである。

生死の縛」(しょうじのばく)とは、この世を生きるにあたって自分を縛(しば)るものである。人生の明日はどんなことが起こるかわからない。人生は流転(るてん)し、さすらいの旅と同じである。何か事が起こったときに動顚(どうてん)することが自分を縛るものなのである。この縛りを放ちといてくれるのが「法華経」の教えである。「法華経」の教えがまことにありがたい教えであることがわかれば、当然その教えが書いてある「法華経」に対して感謝の念をあらわすために供養するようになる。

如来の滅後、五百年の時、女人(にょにん)がこのお経のように修行すれば、命が終わるときに安楽世界の阿弥陀仏のところに生まれることができる。死して極楽に生まれることができるばかりでなく、生きている間は三毒に悩まされることはない。三毒とは(むさぼ)(いか)(おろか)であり、さらに女人(にょにん)に多い煩悩である嫉妬(しっと)や驕慢(きょうまん)に悩まされることがないという。

かくして菩薩の神通力を得て「無生法忍」(むしょうほうにん)という最高の悟りを得たならば、眼根(げんこん)が清浄になり、この清浄な眼玉によって無数の諸仏が見えるようになる

焼身供養を説いたこの品は、中国、日本においても重視され、この品の思想によって腕を焼いたり、焼身供養する人が現れたことは、この品の教えが大きな影響を与えたからである。

次回から、第24章 妙音菩薩品(みょうおんぼさつほん)に入ります。


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白蓮堂のブログにご訪問ありがとうございます。神界、霊界、人間界(魂.心.肉体)は綿密に繋がっています。少しでも多くの人々に真実を知っていただきたく思い仏教の中での最高峰の経典、「法華経」をご紹介させていただきます。私(渡辺西洲)が勧める¨本物の法華経¨と出遭えたなら、あなたに、奇跡が起きます! 一人でも多くの人にご縁がありますように ....... (合掌)

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