第19章「法師功徳品」その4



鳩摩羅什
法華経を翻訳した鳩摩羅什(くまらじゅう)



◎深妙の法音

つぎに経文は舌の功徳を説く。五種の修業をしたならば、舌に無限の功徳がそなわることを説く。舌の功徳とは前に述べたように二つある。一は食べ物の味がよくなること。一は自分の説法が多いなる効果をあげることである。第二には清浄な舌で説法すればどうなるか。聴衆はその説法を聞いて大いなる喜びと豊かな心を味わうことができる

人間の声というのも大切である。その人はその人だけの声である。その人の著書を読んだのではあまり感心することもなく涙もでてこないのが、一度、その人の講演を聞くとその声につられて大いなる感動を得ることもある。その声によって理屈ではよくわからなくても本当にわかった気になることがある。文字は冷たいが、声は温かく血がかよっている。その声を聞いただけで、その人のためには生命を放棄しても良いと決心できることもある。

一遍上人の念仏は「とうなれば、仏もわれもなかりけり 南無阿弥陀仏 なむあみだ仏」の歌でわかるように、南無阿弥陀仏になり切った一遍上人の念仏の声は、迷える衆生には仏の声として聞こえたに違いない。
経典を説法する人たちの中には、正しい教えを説いたという確信がなければならないのである。中国の仏教史上、翻訳史の上に一つのくぎりをつけた鳩摩羅什(くまらじゅう)は、この「法華経」の翻訳者であるが、その羅什(らじゅう)は自分の翻訳の正しさについて絶対の確信を持っていた。彼は死ぬとき、遺言した。もし自分の翻訳に誤りがないならば、身を焼いた後も自分の舌は焼けないようにしたい、と言った。その通り羅什の舌は焼けなかったといわれる。これは羅什の翻訳が正しいことを自ら確信していたから言えた言葉であった。

すぐれた音声で無私の立場で教えを説くならば、どんな人もこの人の説法を聴きにくるものである。童女、夜叉、阿修羅などの天上界の人や動物も喜んで説法を聴く。地上の国王も仏教信者も、人民も皆教えを聴きに来る。
正しい教えを清らかな心で説く人には、仏もその人のほうにむかって教えを説くようになる。そのようになると単なる自分の説法ではなく、自分の説法は仏といっしょの説法となる。かくして獅子奮迅(ししふんじん)の大音声の説法がうまれる。このようになった説法の声は「深妙(じんみょう)の法音(ほうおん)」を聴いたとき仏もまたその相(すがた)を現す。経文には

諸仏(しょぶつ)及(およ)び弟子、其(そ)の説法の音(こえ)を聴いて、常(つね)に念じて守護し、或(あ)る時は為(ため)に身を現じたまわん。

とある。清らかな確信に満ちあふれた説法が行われていると、仏はその説法者を守護することを念じてくれる。ある場合には身を現すこともある。日蓮聖人の説法とはまさしくこのような物であったにちがいない。「寿量品」にも、

一心に仏をみたてまつらんと欲(ほっ)して自らの身命(しんみょう)を惜(おし)まず。

という言葉が見えたが、不惜身命(ふじしゃくしんみょう)の説法を続けてゆくならば、仏はその音声を観じて相(すがた)を現すものなのである


次回につづく。


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第19章「法師功徳品」その3



蓮2
その人の修行力によって........。


◎香をかぎわける力

つぎに経文は耳の功徳を説く。「法華経」の教えの通りに実行していると、生まれながらのこの肉親の耳が「清浄の耳」になる。清浄の耳とは、世の中のどんなことを聞いても本当のことを聞き分けることができる耳である。この清浄の耳はあらゆる世界の人間ばかりでなく、動物の声も、天上界の神々の声も、菩薩の声も聞き分けることができるようになる。経文では、

要(よう)を以って以(これ)を言わば、三千大世界の中の一切の内外のあらゆる諸々の声、未だ天耳(てんに)を得ずと雖(いえど)も、父母所生の清浄の常の耳を以って、皆、悉(ことごと)く聞き知らん。

と説く。「未だ天耳(てんに)を得ずと雖(いえど)も、父母所生の清浄の耳を以って皆悉く聞き知らん」ということが重要なのである。これは耳だけではなく、眼、耳、鼻、舌、身、意の六根すべてに通じることなのである。
別に天耳、すなわち神通力を備えた耳を持っていなくても父母から受けた人間の耳でもその耳が清浄でさえあれば、ありとあらゆる声を聴くことができるというのが重要である。

清らかな耳はどんな地獄の声を聞いても耳を損なうことはない。経文ではそのことを「耳根(にこん)を懐(やぶ)らじ」と説いているが、これも重要である。たとえば、地獄に堕ちて地獄のせめ苦を受けて苦痛にうめいている声や、餓鬼の道に堕ちたものが飢えと渇きにせめられて食べ物や飲み物を必死になって求めている声であるとか、阿修羅が大声をあげてわめいている声など、どんな罵声、悪声を聞いても決して耳を痛めることがないというのである。清浄な耳には菩薩や仏の説法の声が聞こえてくる

五種の法師として修業を積んでゆけば、耳ばかりでなく鼻にもまた無限の功徳がそなわる。鼻というと香の世界を感じる唯一の機関である。香の世界は無限に広く深い。香水ひとつを取ってみても様々な香りがあり、香を修養の道具に用い、それを芸術にまで高めたものには香道があるほどである。香りや匂いが人間に及ぼす影響はあまりにも大きい。鼻の功徳ということは実は大切なことなのである。

清められた鼻はあらゆる香りをかぎ分けることができる。美しい花、黄色い花、白い花、蓮華の花など、ありとあらゆる花の香をかぎわけ、さらに人間、象、馬、牛、羊、男、女、童子、童女など生きとし生けるもののすべてをかぎ分け、さらに人間界だけでなく、天上界の栴檀(せんだん)、抹香(まっこう)、曼珠沙華香(まんじゅしゃけこう)などすべての香もかぎ分けることができるようになる。

清潔な鼻というのは大切なことである。我々が真剣に読経していれば、読経の香りがその人の身辺にただよう。一心に勉強している人からは勉強の香がただよう。武道でも芸道でもひたすら稽古をするとき、稽古の香がただようのである。酒を飲んだり遊蕩(有等)をしていれば淫猥(いんわい)な香がただようことは当然である。

人間には香がただようことを説いたこの「法華経」の教えは素晴らしい。その人の身辺にかんばしい香がただようのは、一にその人の修業力による。一にかかって、一つのことを究明しているか、していないかによる。全力をもって身体と精神を極限の状況まで朝鍛夕錬(ちょうたん)せきれん)しているとき、その人の全身からかんばしい香がたちこめるものである

次回につづく。


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第19章「法師功徳品」その2



神通力
「法華経」を学ぶと、徐々に神通力が身についてくる



◎無所畏(むしょい)の心とは

「法華経」でいう法師とは、「法華経」を受持(じゅじ)し、読み、誦(じゅ)し、解説(げせつ)(説法)し、書写する人をいい、受持、読、誦、解設、書写の五つを実践する人であるから五種法師といわれている。

第一の受持(じゅじ)とは、「法華経」の信仰をずっと持ちつづけてゆくことである。一回や二回だけ、「法華経」の教えはよいな、と思うだけでは後は捨てて顧みることがないのは受持とはいわない。心の中にしっかりと信仰を持ちつづけてゆくのが受持である。どんなことがあっても、よい教えであると思ったならば、「法華経」の教えをしっかり持ちつづけてゆかなければならないのである。

第二の読むというのは、経文をまず読むことが大切である。読んだら第三の(じゅ)に進む。暗誦(あんじゅ)することである。経文を暗誦することによって教えが身についてゆく。ここまでは自分の信仰を深め、教えを深く知るためのいわば自利行(じりぎょう)である。

第四の解説(げせつ)とは、説法である。教えがほんとうに理解できると、心の中から深い喜びが湧きたってくる。そのためどうしてもまだ教えを知らない人にも教えを説きたくなる。それは教えを説かずにはおれない気持ちなのである。

さらに第五の書写になると、法華経」の経文を写経したり、または教えを文章に書いて弘めることである。解説(げせつ)や書写は利他行(りたぎょう)になる。五種のなかの最初の三つは自分のため、後の二つは人のためにやることになる。

この五種の法師の実践を正しく行ってゆくと、この人は眼や耳や鼻や身や意(こころ)にさまざまな功徳がそなわることになる。この無限の功徳によって(げん)、(に)、(び)、(ぜつ)、(しん)、(い)の六根(ろっこん)を清めることができるようになる。六根を清めるというのは、心が清らかとなるため、六根のはたらきが自由自在にできるようになることである。経文はまず六根清浄(ろっこんしょうじょう)ということを説き、つづいて眼、耳、鼻、舌、身、意のそれぞれの功徳について語ってゆく。

まず最初は眼の功徳である。われわれが「父母所生(ぶもしょしょう)の清浄(しょうじょう)の肉眼(にくげん)」をもって見れば、どんなものでも見ることができると説く。別に千里眼や透視能力をそなえる必要がない。父母からもらったこの自分の目で見よということである。その目が澄んでおり、清らかであれば三千世界の中にどんな山河も海も、下は無間地獄(むけんじごく)から上は有頂天(うちょうてん)の天上界までの、どんなものでも見ることができるという。その中に生きている衆生の業(ごう)も因果も果報もすべて見通すことができる。心に曇りがあれば眼も曇る。心に一点の私心がなければ、眼も澄んでくる。昔から眼は心の窓といわれるように、人間は眼を見ればその程度がわかるものである。眼光炯々(がんこうけいけい)としてしかも澄みわたっている眼は偉人の眼である。

清浄(しょうじょう)の肉眼はありとあらゆるものが見えるというが、この肉眼は心眼でなければならない。二宮尊徳(にのみやそんとく)は、肉眼で見えるものには限りがあるが、心眼を開いて見れば無限のものが見えてくると言っている。この場合、心眼で見るは、「見」という字ではなく「」(かん)という字を用いなければならない。その眼は明鏡(めいきょう)のようであるため、どんなものでも映すことができる。経文は眼の功徳についてふたたび偈文(げもん)で説くが、そのなかで、

若(も)し大衆の中に於(お)いて、無所畏(むしょい)の心を以(も)って、是(こ)の法華経を説(と)かん、汝(なんじ)其(そ)の功徳を聴(き)け。

と述べている。「法華経」を説くには、「無所畏(むしょい)の心」が大切であるという。無所畏の心とは、どんな相手に対して少しも心がひるむことなく、どんな人にも同じように教えを説くことである。金持ちに対しても、権力者に対しても、貧乏人に対しても、同じように教えを説くことはむずかしい。自分に私心があり、やましい気持ちがあったならば、「無所畏の心」はもてなくなる。

「無所畏の心」とは、怖がらないという意味ではなく、どこまでも相手を敬うことによって、どんな人に対しても同じように教えを説くこのできる人のことである。しかも自分の信ずるままに真っすぐ教えを説くことができる人のことである。


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第19章「法師功徳品」その1



法師功徳品1
「法華経」の教えを弘める人はどんな人でも法師になれる



⦿教えを説き弘める功徳

爾(そ)の時に仏、常精進菩薩摩訶薩(じょうしょうじんぼさつまかさつ)に告(つ)げたまわく、
若(も)し善男子、善女人、是(こ)の法華経を受持し、若(も)しは読み、若しは誦(じゅ)し、若しは解説(げせつ)し、若しは書写(しょさ)せん。是(こ)の人は、当(まさ)に八百の眼(まなこ)の功徳、千二百の耳の功徳、八百の鼻の功徳、千二百の舌(した)の功徳、八百の身の功徳、千二百の意(こころ)の功徳を得(う)べし。是(こ)の功徳を以って、六根(ろっこん)を荘厳(しょうごん)して、皆清浄(みなしょうじょう)ならしめん。

◎真の法師とは

この「法師功徳品」では、とくに「法華経」の教えを説き弘める人の功徳を説いている。ここで「法師」というのは専門の僧という意味ではない。ここでは「法華経」の教えを弘める人はどんな人でも法師になれる。法師とは教えの師であり、教えを人に説く人はすべて法師なのである。それは在家(ざいけ)者で普通の職業をもっており、家庭をもっている人でも、「法華経」の教えを人に説くことができる人はすべて法師なのである。

「法華経」の教えのすばらしいことをほんの一つでも知って、どうしてもその教えを他の人々に聴かせたい、話したいという気持ちをもったならば、その人こそ真の法師というべき人なのである。この「法師功徳品」のなかに次の教文が見られる。

またつぎに常精進(じょうしょうじん)、もし善男子(ぜんなんし)、善女人(ぜんにょにん)、この経を受持(じゅじ)し、若(も)しくくは読み、若(も)しくは誦(じゅ)し、若(も)しくは解説(げせつ)し、若(も)しくは書写(しょしゃ)せば、千二百の舌(した)の功徳を得(え)ん。

これは「法華経」を受持(じゅじ)し、読み、誦(とな)え、解説(げせつ)し、書写するという五種の修行をすれば、千二百の舌の功徳が得られるというのである。舌の功徳とは、一つは食べ物の味がよくなることであり、他の一つは、自分の説くことが大きな効果をあげることができるという功徳なのである。

人間の舌の力は精神をきたえ、強烈な意志をもったとき、死して後にも大いなる力を発揮するのである。死後、遺体を焼いたら舌だけが残り、その舌が「法華経」の経文を読誦(どくじゅ)するというすさまじい話がある。

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第18章「随喜功徳品」その6



法華経18
「法華経」の功徳は、計り知れない!


◎まがれる心なし

「随喜功徳品」の末尾は次の偈文(げもん)で終わる。

何(いか)に況(いわん)や一心に聴き、其(そ)の義趣(ぎしゅ)を解説(げせつ)し、説(せつ)の如(ごと)く修行せんをや、其(そ)の福(ふく)限(かぎ)るべからず。

一生懸命に仏の教えを聴いて、その意味が充分にわかって、その通りに、その教えのほんとうの意味を人に説いて聴かせ、人のために説くばかりでなく、自分自身もこれを実行するならば、その人の得られるであろう福徳は無限であるという。ここでも「如説修行」(にょせつしゅぎょう)ということが説かれるが、仏の教えのままにこれを実行するためには、あくまでも私心があってはならない。教えを説かれて、その通りに実行できる人とは、幼児のような純粋の気持ちを持った人でなければならない

日蓮聖人が妙密(みょうみつ)上人に与えた「妙密上人御消息」のなかに次の言葉が見える。

経(きょう)のままに唱えれば、まがれる心なし。当(まさ)に知るべし、仏の御心(みこころ)の、我等(われら)が身に入(いら)せ給(たま)わずは唱(とな)えがたきか。

題目を唱えるときも、「法華経」を読誦(どくじゅ)するときにも、経の通りに唱えれば、邪悪な心はすべて雲散霧消し、「まがれる心なし」となる。どうして「まがれる心」なく唱えることができるようになるのか。それは仏の御心(みこころ)が自分の身の中に入るからである。仏の御心(みこころ)のままに自分の心になることができて、初めて「まがれる心」なくして随喜(ずいき)の心でお経を唱えることができる。

お経の通りに無心になり、純粋になり、何らのまじりけがなくて唱えていけば、まがれる心はなくなる。もろもろのけがれもおのずと消え失せてゆく。それは仏の御心(みこころ)がこの体の中に宿ったからである。教えを聴くことも同じである。仏縁を得て仏の教えを聴こうという気持ちになったときには、「まがれる心」はなくなる。仏の御心(みこころ)のままに自分の心がなったからである。仏の御心(みこころ)を己の心とするとき、おのずと経文を読誦(どくじゅ)し、おのずと唱題することができる。仏の御心(みこころ)をわが心とするとき、「如説修行」することができる。

この「随喜功徳品」は「法華経」の教えを聴いて、ありがたい、と感じ、その通りに実行する随喜の功徳を説いたものであるが、その功徳は小乗の最高の悟りよりも上であるという。しかし、その功徳を得るためには一心に教えを聴き、人をして一心に聴かしめ、教えの通りに実行しなければならない。日蓮聖人の「妙密上人御消息」のなかに唱題の功徳が次のように述べられている。

国中の諸人(しゅにん)、一人二人、乃至、千万億の人、題目を唱うるならば、存外に功徳、身にあつまらせ給べし。其(そ)の功徳は、大海の露をあつめ、須弥山(しゅみせん)の微塵(みじん)をつむが如し。

一人でも二人でも、ないし千万億の人でも、題目を唱えるならば、はかり知れぬ功徳がこの身に集まるという。仏の教えを一句だけ聴いただけでもたいへんな功徳があるのであるから、題目を唱えるならば無限の功徳が生まれるはずである。その功徳は少しずつ積み重ねてゆかねばならない。それはあたかも小さな露が集まって大海となり、小さな微塵(みじん)が集まって須弥山(しゅみせん)のような高山になると同じである。

「随喜功徳品」の功徳も、一つ一つの教えの通りに実行して初めて得られるものであるどこまでも教えを聴いて、ありがたいという気持ちをおこすこと、その気持ちがおこったならば、無心になり、まっすぐな気持ちで教えを実行することである


次回から、第十九章、法師功徳品(ほっしくどくほん)に入ります。


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白蓮の香り

Author:白蓮の香り
白蓮堂のブログにご訪問ありがとうございます。神界、霊界、人間界(魂.心.肉体)は綿密に繋がっています。少しでも多くの人々に真実を知っていただきたく思い仏教の中での最高峰の経典、「法華経」をご紹介させていただきます。私(渡辺西洲)が勧める¨本物の法華経¨と出遭えたなら、あなたに、奇跡が起きます! 一人でも多くの人にご縁がありますように ....... (合掌)

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