第21章「如来神力品」その1



如来神力品
「法華経」も、いよいよ終盤に入ります。


◎仏の神力とは(その1)

光が口から発することを始め、さまざまな超能力を説いたのが「如来神力品」であり、この「如来神力品」は「法華経」を理解し実践するうえにおいても、きわめて重要な品なのである。この「如来神力品」が重要であるのは、迹門において説かれた教えも本門において説かれた教えも、結局は一つの教えであり、一致するものであることが説かれているからである。それが十大神力という神力を比喩として説かれているので、「如来神力品」と名付けられているのである。

この「法華経」を世に弘めようと誓ったのは、前にも出てきた「地涌の菩薩」である。この如来神力品においても、冒頭に無数の地涌の菩薩が仏前において一心に合掌して仏に申しあげた。「世尊よ、世尊の分身の方々が教えをいろいろな世界で説いておられるので、私たちもその全ての世界にわたって、「法華経」の教えを説いて、あらゆる人々を救って差し上げよう」と。

なぜ、このように多くの人々を救おうとするのか。それはあまりにも尊い本当の教えを得たので、この教えを自分のものにするために、心からこの教えを信じ繰り返し読みその教えを人のために説きこれを書き写しこれを供養したいからである。

そのとき仏は、文殊師利などの立派な菩薩や、仏教信者の人々や、天、竜など、この世の中で生命をもっているありとあらゆるものの前で、偉大なる神力を現されたのであった。

まず第一には、仏が舌を出したら、その舌が天まで届いた。これはインドの習慣で自分は嘘をつきません、本当のことを言っていますと言う場合に、口から舌を出してそのあかしとするのである。仏が舌を出したのは、自分の説くことは真実であることをすべての人々の前にはっきりと見せるためであった。その舌が天まで届いたということはこの教えが真実であるという証拠になる。

次には仏の身から光が出て、その光がまわりの一切の世界を照らした。仏は全身の毛孔(けあな)から光を発した。獅子座にいた諸仏も長い舌を出し、たくさんの光を発した。釈迦仏も他の無数の諸仏も百千年にわたって光を発していた。自分の出した光も、他の人が出した光もひとつに融けあってゆくことは、仏の教えの真理は誰が考えても真理であることを証明するものである。

次に舌をおさめて謦欬(きょうがい)した。謦欬(きょうがい)というのは咳払いすることである。声を出すことである。心の本当の姿が現れたのが声である。仏の声は仏の御心そのままである。すべての仏が同時に声を出したということは、すべての仏の教えが一つであり真理が一つであることを示している。

次にはともに弾指(たんじ)したのである。弾指というのはやはりインドの習慣で指を丸めて弾くことである。インドでは弾指することは真実の証であり、誓いなのである。また、指を弾くというのは必ず実行するという誓いにもなる。


次回につづく。


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第20章「常不軽菩薩品」その5



シャカ2
釈尊はなぜ、速やかに悟りを開けたのか...........その種あかしとは。


◎順縁(じゅんえん)と逆縁(ぎゃくえん) 

仏は得大勢菩薩(とくだいせいぼさつ)に対して常不軽菩薩の因縁をずっとお話ししてきたのであったが、いよいよ仏はここで種あかしをする。そのときの常不軽菩薩はとは、実は他人ではなく、今の自分がすなわち昔の常不軽菩薩にほかならないという。

もし釈尊が前からずっとこの仏の貴い教えをよく身につけ、他人のためにそれを説いて人を感化することができなかったならば、今、現世で6年ばかり難行苦行したからといって簡単に仏の智慧を完成することができるはずがないのである。「自分は前世からいろいろな仏から教えを受けて、それを守り、読誦し、教えを人々のために説いてきたから、このように速やかに悟りを開くことができたのである」と言われたのであった。さらに釈尊は得大勢菩薩に種あかしをする。

昔、常不軽菩薩はを軽んじ迫害を加えた人とは一体誰であろうか。それは現に今ここにいる大ぜいの菩薩や比丘の信者たちである。この人々は昔は常不軽菩薩の言うことなどまったく聴かず、常不軽菩薩に迫害を加えていた人たちであったが、今は仏の教えをしっかりと修行して、心が退転することがないようにりっぱな人になっていることを明らかにした。

これを逆縁ということである。仏法に逆らって迫害を加えてことが、かえって深い縁となって仏の教えを学ぶようになったことを示している。縁には順縁と逆縁とがある。順縁というのは仏の教えが説かれたとき、素直に喜んで仏の教えを聴きしだいに仏の教えを実行するようになることである

むかし、高守節(こうしゅせつ)という在家の信者が中国の五台山で修行し「法華経」を読誦するにいたった物語がある。そのとき高守節が五台山の麗で最初に出会った沙門(しゃもん)は海雲比丘(かいうんびく)であり、次に出会ったインド僧や白馬の美女は文殊菩薩の化身であった。高守節の前に初めから偉大な海雲比丘や文殊菩薩が、そのままそれとわかるような姿をして現れたならば、高守節はただその前で恐れおののきひれ伏すだけで、その弟子となり、「法華経」を読誦する因果は結ばれなかった。初めて会った比丘や白馬の美女を、ただの僧、ただの美女と思ったからこそ、高守節は近づくことができたのである。ただの普通の沙門や白馬の美女は、高守節を「法華経」と結ばせる順縁をつくってくれたのであった。

逆縁というのは、常不軽菩薩を馬鹿にして迫害を加えようとした人々のように仏の教えが説かれると、それを非難し、迫害を加えるために集まってくる人々のことである。この人たちは初めは迫害したのであるが、後にはりっぱに仏の教えを実行するようになったのであるから、この人々を逆縁というのである。

それは若いとき徹底した唯物史観や唯物論に立っていた人々のなかに、その晩年には「般若心経」にひかれたり、親鸞の宗教に自分の実在をかけた人が多くいることからも明らかである。順縁でもいい、逆縁でもいい、とにかく仏の教え近づき仏の教えを実行してくれたならば、それでよいことであるが、大部分の人は順縁でも逆縁でもない

相手に順縁でも逆縁も与えないということは、教えを説く人のほうに真実と誠意がないからである。常不軽菩薩がどんな人に対しても礼拝するということを実行したこと、その実行する姿を見た人は何と思ったか。初めは馬鹿にしていても、その姿を見ていた人々の心に何か深い反省を迫ったのではなかろうか。常不軽菩薩の実行を見た人はしだいに深く感動していったのではなかったか。特に迫害を加えた人々は後に何を感じたであろうか。

このように順縁にしろ逆縁にしろ、人々に仏法と縁をもたせるためには、一に教えを説く人の至誠と真実による。その姿の前には順縁も逆縁もない。ただ真実の教えと至誠をもってその教えを実行する力にある。日蓮聖人の一生は、順縁よりもほとんど逆縁の一生であった。聖人はそれに屈することなく、自らを常不軽菩薩になぞらえて、真実の教えを説いたのであった。その教えを一生懸命に説けば説くほど、不惜身命(ふじしゃくしんみょう)の願いをこめて説けば説くほど、逆縁はさらに強く、相手は反抗し、非難し、迫害を加えてくる。しかしその迫害者も次の世においては、さらに無限の来世においては、仏の教えを聴き、従い、信じてゆく順縁者となるのである。この確信が聖人の布教を支えたのであった。

次回から、第21章 如来神力品です。


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第20章「常不軽菩薩品」その4



忍耐
「法華経」の教えを自分のものにするためには。


◎無限の修行

この常不軽と言われた人が一生の間、他人を軽んずることなく善い行いを積んで、まさに入滅しようとするとき、虚空の中で、威音王如来が先に説かれた「法華経」の偈文を聴いて六根がすべて清浄となった。

常不軽菩薩が人に笑われても、罵られても、石をぶつけられても杖で打たれても、どんなことがあっても相手を礼拝し、教えを説くのは、大いなる忍辱の行である。菩薩の行は忍耐を基本とする。「菩薩生地経(ぼさつしょうじきょう)」には次のように説かれている。

菩薩の行は忍耐を本となす。忍耐に四種あり。一には罵り(ののしり)を受けても黙して報いず。二には打たれても恨まず。三には怒るものあれば情けを持って迎え、四には侮(あなど)るものあれば、その悪を思わず。

これを見ても、忍耐ということが菩薩の修行にとっていかに大切なものであるかがわかる。
まず第一には、どんなに人に罵られても、黙ってこれに対して応じない。弁解もしないことが大切である。どんなに罵られても、一言も言わない修行は、並大抵の人間人間のよくなし得るものではない。本当に心の中に深く期する大願心がなければそれはできない。
第二には、打たれても恨みを持たないことも普通の人にはできないことである。打たれればまず恨みを持つ。あるいはすぐにでも打ち返したくなるし、喧嘩になる。しかし大いなる願いと教えを弘める不惜身命(ふじゃくしんみょう)の思いをしっかりと保っていれば、打たれても恨みを持たなくなる。むしろ、打った人に憐れみを抱くようになることこそ菩薩に近づくことなのである。忍耐こそ最高の勝利にほかならない。
第三には、怒るものがあれば情けをもち、憐れみを持って迎え入れてやる度量の大きさが必要である。人間の大きさが何倍とちがわなければ、相手をゆすることはできないものである。相手と対等の力量にあるからこそ怒るものに対しては怒りで報いるようになる
第四には、侮辱を受けた場合である。自分を侮るものがあっても決してその悪を思わない。かえって相手に対して憐れみの気持ちを持つことが必要なのである。迫害に対して耐え忍ぶことができるひとは、また誘惑にも打ち克つことができる。忍耐力のない人は、自分が得意の時にはすぐに有頂天になる。忍耐力のある人は誘惑にも乗せられることがない。

この常不軽菩薩は、このように立派な心構えを持っていたために、「法華経」の教えもすっかり自分のものにすることができた。そして、六根清浄を得おわると、さらに寿命を長年月増すことができ、人のために広く「法華経」を説いたのであった。
このように常不軽菩薩が立派な「法華経」の行者になると、増上慢の人々もこの菩薩がただの人でないことにだんだん気がついてきた。この人が、大神通力や大弁舌力や不動の力をもってきたことを知ると、だんだんとこの菩薩の言うことを感服して聴くようになった。常不軽菩薩はさらに多くの人々を教化し、最高の悟りに入らせた。さらに人に教えるばかりでなく、たくさんの仏にお仕えした。

常不軽菩薩はこのようにして、長い間の修行が成就して、ついに仏の境涯に到達したのであった。いわゆる歴劫修行(りゃくごうしゅぎょう)が完成したのである。歴劫修行というのは、無限に長い時間に繰り返し修行を続けることによってついに修行を完成させることである。

次回につづく。


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第20章「常不軽菩薩品」その3


身を避ける

真の達人は無用な争いはしない。逃げるのも仏法のため!


◎身を避ける

人間のなかにはいろんな人がいるものである。礼拝されたりすると喜ぶ人もいるし、反省する人もいる。なかには怒りを発する人もいる。とくに心が汚れた人は、礼拝されると、かえって腹を立てて悪口を言う。常不軽菩薩は深い人間愛からどんな人も礼拝するのであるが、腹を立てる人もいるのである。そんなことをするな、とけちをつける者もある。

多年の間、常不軽菩薩は、どんなに悪口を言われ、罵(ののし)られても、決して腹を立てず「お前さんは必ず仏に成れますよ」と言って歩いた。このようにいうと、ほんとうに腹を立て、怒り心頭に発する者がいる。怒り狂った人たちは、杖や瓦や石でこの菩薩を打った。するとこの菩薩は、これをよけて遠くへ逃げて行ったが、なお声高く「自分はあなたたちを軽んじません。あなたたちはみんな仏に成れるのです」と唱えていた。「常に」あなたたちを「軽んじない」(不軽)と言っていたので、この菩薩のことを「常不軽菩薩」といったのである。

とんでもないことをいう坊主だ、と迫害を加えると、常不軽菩薩は逃げてゆき、遠くからまた大声で言うのであるが、ここで大切なのは逃げるということである。常不軽菩薩はなぜ逃げるのか。それは大法のためである。仏法のためである。仏法を人に弘める使命感に生きたこの菩薩は、木や石で打たれるようなことはしないで身をかくし、遠くからあくまでも教えを説こうとしたのである。

不惜身命」(ふじしゃくしんみょう)という言葉があるが、不惜身命の覚悟で仕事でも学問でも、芸術でもひたすら行うものは、決して生命を粗末にはしないものである。体を大事にし不摂生(ふせっせい)を避けてただ一つの目的を達成するために生命がけで行うのである。仕事はすればするほど、自分の生命の長いことを願うようになり、生命が惜しくなる。

武道でも同じである。一芸に達した人は決して人と争うことはない。殺気を感じればこちらから身を避けるのである。無用の争いは一切することなく、自ら身を避けるのが、真の達人である。


次回につづく。


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白蓮堂のブログにご訪問ありがとうございます。神界、霊界、人間界(魂.心.肉体)は綿密に繋がっています。少しでも多くの人々に真実を知っていただきたく思い仏教の中での最高峰の経典、「法華経」をご紹介させていただきます。私(渡辺西洲)が勧める¨本物の法華経¨と出遭えたなら、あなたに、奇跡が起きます! 一人でも多くの人にご縁がありますように ....... (合掌)

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