法華経に関わる、こぼれ話 その4



2017 5.28

死んだらだれもが、閻魔法廷で裁かれますが、法華経の行者には、閻魔大王様は別格扱いです!


※今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)は、平安時代末期の十二世紀初頭に成立した説話集である。1059話からなる大部の書物であり、インド、中国、日本の三国に分けて説話が記載されている。そのうちの89話に「法華経」霊験譚(れいげんたん)がおさめられている。今回、紹介するのは巻第十三の第六話です。


◎摂津(せっつ)の国の豊島郡(とよしまのこおり)に多多院(たたいん)というところがあった。一人の僧が住み、山林に交わって仏道を修行していた。また、日夜「法華経」を読誦して年を重ねていた。つまり、聖人(しょうにん)ともいうべき存在である。

この修行を貴く思った一人の男がおり、食べ物などを運んでいつも助けていた。そのうちに、男は病気になり、やがて死んでしまった。家族らは死人を棺に入れて木の上に置いた。5日後、なんと中から叩く音がする!恐ろしくてだれも近づけない。だが、もしや蘇(よみがえ)ったのではないかと思い棺を下してみると、本当に男は生き返っていたのである。

奇妙に思って家に連れ帰ると、男は妻子に向かってこう言った。「私は、死んで閻魔(えんま)大王のところへ行った。すると、大王は帳面を見たり、札を見たりしていろいろ考えたあと¨お前は罪業が重いので地獄へ行くべきなのだが、この度は許して元の国に返してやろう¨ なぜなら、「法華経で修行する僧を助けているからだとその功徳は限りなく生き返ってさらに聖人を助ければあらゆる諸仏を供養するより価値があるとも言うのだ。それで人間界へ帰れることになったのだよ。

この言葉をもらい閻魔大王の館を出て人間世界へ戻る途中、すばらしい仏塔を見た。荘厳さは言葉ではいいようもなかった。ところが、私が助けているあの聖人が、口から火を吐いて塔を焼いているではないか。そのとき虚空(こくう)から声があって、¨この塔は、僧が「法華経」を読誦して見宝塔品(けんぽうとうほん)にいたったときに出現した塔である。しかし、僧は自分の弟子たちにつまらない怒りをぶつけているその怒りの火でせっかく出現したありがた仏塔を自分で焼いてしまっている。お前は、帰って僧にこのことを告げよ¨ と言った。この話しを聞いたかと思うと私は生き返ったのだ」

妻子は、この話を聞いて限りなく喜んだのだった。その後、男は聖人である僧のところへ行ってこの冥土(めいど)の話をすると、僧は大いに恥じたのだった。そして、その後は弟子たちと別れ、ひとりで住んで一心に「法華経」を読誦する生活に入った。男は、このありさまを見て、いっそう聖人を助けることに努めた。聖人は、何年も経て寿命が尽きるときに、身に病気がないまま、自然に「法華経」を読誦して亡くなった。

それにしても、聖人といわれる僧でも怒りの心は起こすべきではないということを人々は知ったのである。


次回につづく。


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法華経に関わる、こぼれ話 その3



2017 5 21 白蓮

法華経の威力、第二弾。観音さまも法華経を弘めることに必死です!


※今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)は、平安時代末期の十二世紀初頭に成立した説話集である。1059話からなる大部の書物であり、インド、中国、日本の三国に分けて説話が記載されている。そのうちの89話に「法華経」霊験譚(れいげんたん)がおさめられている。今回、紹介するのは巻第十二の第廿八話です。


◎肥後(ひご)の国に一人の書記官がいた。ある日、急な用事で、早朝から馬に乗って家を出たのだが、どういうわけか道に迷って広い野原に出てしまった。一日中歩き、日も暮れたころようやく家を見つけたので、道を訪ねることにした。声をかけると不気味な女の声で「どうぞお入りください」という。「いや、道を教えてくれるだけでいいのです」と言ったのだが、恐ろしい気配を感じ始めたので、男は逃げ出した。

女は追いかけてくる。見ると、背丈が家の高さほどもある鬼女ではないか。目と口から雷のような火を出して、大口を開けて追いかけてくる。その恐ろしさに気を失いかけたが、必死になって馬にムチを当てて走り去ろうとした。しかし、馬がついに倒れてしまった。もう少しで捕まるというときに、墓穴を見つけて中に入ったが、馬は逃げられず鬼女に食べられてしまった。

絶体絶命。だが、鬼女は外でこう言うのだった。「この男は今日の自分の食事になるはずのもの。それを横取りするとはひどいではないか。なんということをする!」 これに答えて穴の中で声がした。「いや、この男は私の今日の食事だ。お前は馬を食べたからいいではないか」 男は思った。どうやら、この穴も鬼のものらしい。どっちにしろ、この命はもう助からない。ああ観音さま..........

外の鬼女は、何度も不平を言ったが、中の声は許さなかったので帰っていった。男はいよいよ自分が食べられると思ったところ、中の声は意外なことをいう。「お前が日ごろ熱心に観音を念じたので、鬼の難から逃れることができたのだ。これからは「法華経」を受持し読誦しなさい。そもそも、私をだれだと思うか」

「いえ、わかりません」

「その昔、ある聖人がこの近くに卒塔婆(そとば)を立て、中に「法華経」を納めた。今は、卒塔婆も経典も朽ち果てたが、ただ妙法蓮華経の¨¨ の1字のみが残った。その1字こそが、私なのである」 男は喜んで家に帰ると、以後「法華経」を熱心に受持する生活を送った。

これをもって¨¨ の1字にすら、限りない功徳があることは明らかである。


次回につづく。


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法華経に関わる、こぼれ話 その2



2017 5 14 1

法華経は過去から未来永劫、変わりなく私たちに救いの手を差し伸べてくれます。


※今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)は、平安時代末期の十二世紀初頭に成立した説話集である。1059話からなる大部の書物であり、インド、中国、日本の三国に分けて説話が記載されている。そのうちの89話に「法華経」霊験譚(れいげんたん)がおさめられている。今回、紹介するのは巻第十三の第二話です。


◎今は昔、葛川(かつらがわ)という所に籠もって修行する僧がいた。五穀を断ち山菜を食べ、何か月にもわたって熱心に修行していた。ある日、夢の中に気高い僧があらわれて告げて言った。「比良山(ひらさん)に仙人があって法華経を読誦(どくじゅ)している。汝すみやかにそこへ行き、かの仙人と縁を結ぶべし」

夢覚めてのち、僧はすぐに比良山に入って探したが仙人は見つからなかった。それでも何日間も熱心に探し求めていると、遠くからかすかに法華経を読む声が聞こえてきた。その声はたとえようもなく貴かった。僧は喜び勇んで東西に走りまわって探したが、声が聞こえるばかりで姿は見えない。さらに心を尽くして探していると、岩場に洞窟があることに気がついた。かたわらに生えている松の大木が笠のように洞窟の入口を覆っている。洞窟の中を見ると、骨と皮ばかりの体に青い苔をまとった一人の聖人が坐っていた。聖人が僧を見て言った。

「そこに来たのはどなたじゃ。ここはいまだかって人が来たことのない所じゃ」

「私は葛川に籠もって修行する者です。夢のお告げにより結縁(けちえん)のために来ました」

「汝、しばらく我れに近づかず離れておれ。人間の煙の気が目に入って耐えがたい。七日を過ぎてのち近くにこられよ」

僧は数十メートル離れた木の下に宿り、七日間過ごした。仙人はその間も昼夜、休みなく法華経を読み続けている。読経は貴くありがたく聞くだけで無始以来の罪障がみな消滅するように感じられた。見ていると鹿や熊や猿や諸々の鳥がやって来ては、木の実を仙人に供養している。仙人は一匹の猿に命じて僧のところにも木の実を持ってこさせた。こうして七日を過ぎてのち洞窟に近づくことができた。

仙人が言った。

「我れはもと奈良興福寺の僧にして名は蓮寂(れんじゃく)という。法相宗(ほっそうしゅう)の学僧として法門を学んでいたとき法華経を拝読し、『汝もし法華経を取らざれば後に必ず憂い悔いるだろう』 という一文を見て初めて菩提心を発した

さらに、『寂寞(じゃくまく)として人声無きところでこの経典を読誦すればそのとき我れ清浄光明なる身を現わさん』 という文を見てより、永く本寺を出、山林に入って仏道を修行し、徳を重ね功至り自ずから仙人になることを得た。

今は前世の因縁によりこの洞窟に住している。人間界を離れて後は法華経を父母とし、戒律を身の守りとし、法華一乗を眼として遠くの世界を見慈悲を耳として諸々の音を聞き心で一切のことを知る。また兜率天(とそつてん)に昇って弥勒菩薩を見たてまつり諸処に行きて多くの聖者に近づく天魔波旬(はじゅん)も我が近くへ寄らず怖れも災いもさらにその名を聞かず仏を見法を聞くこと思いのままである。

この松の木は笠のごとし。雨降るといえど洞窟の前に雨来たらず、暑きときは陰でおおい、寒きときは風を防ぐ。これは自ずからこうしたものじゃ。汝がここへ尋ね来たのもまた宿縁無きにあらず。されば汝ここに住して仏法を行ぜよ」

僧はこの言葉を聞き、仙人を敬うとともに、その生き方を好もしく思ったが、自分にはとてもその生き方はできないと思い、あつく礼拝し帰り去った。仙人の神通力により僧はその日のうちに葛川に帰りついた。同行(どうぎょう)の僧にこのことをつぶさに語ると、聞いて貴ぶこと限りなかった。真心をこめて修行する人はこの仙人の如くなれると語り伝えている。 


今も昔も、法華経の霊験は素晴らしいですね (^^)/ (西洲)


次回につづく。


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法華経に関わる、こぼれ話 その1



2017 5 14

法華経の中に絶対性を見い出すことができたら、奇跡を起こすことも可能になります。



◎法華経霊力の秘密 ........... 法華経にはなぜ、あれほどの霊力が込められているのか。

法華経の第一人者と言えば、日蓮聖人です。日蓮聖人にまつわるお話はいろいろありますが、霊力ということに関しましては、真言律宗のお坊さんと霊力比べをした話が有名です。

「日蓮、お前は大層な通力の持ち主だそうだが、わしと通力の競争をしよう」 「よし、受けて立とう」 通力に関しては当代随一といわれる真言行者がおりまして、日蓮聖人に対決を申し込んだわけです。

「ウワーッ!」 と叫ぶと同時に、巨大な岩石を空間にブワーッと上げたのです。バカでかい岩がふわふわと空間に浮かんでいる。これを普通の人が見たら、「ウワーッ、凄い念力だ」 と腰を抜かしてしまうでしょう。

ところが日蓮聖人、「ほー、ふぅーん」 と言うだけで、驚く素振りなどまったくありません。そして、泰然自若(たいぜんじじゃく)としたまま、「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」 と唱えますと、その岩がピタッと空間に止まった

「今度はあなたの番だ。あの岩を地面に下してごらんなさい」 と日蓮聖人がその真言律宗の行者にいいました。「何をバカなことを。そんなのはいとも簡単なことじゃ」

真言律宗の行者、自信満々に呪文を唱え始めた。ところが、岩は空間にピタッと止まったままで微動だにせずしません。「うーむ、それならば、ガーッ、ガーッ!」 と、脂汗をダラダラ出しながら、あらゆる呪文を唱えたものの、やはり効き目がありません。何度やっても、浮かんだままです。

考えてみたら、空間に浮かんでいる岩石を地面に下すより、浮かんだままの状態を保つほうがずっと大変です。それでもその真言律宗のお坊さんはまるで歯が立たなかったわけです。「恐れ入りました。私の負けです」

「うん、それならばよろしい」 と言って日蓮聖人がもう一度、「南無妙法蓮華経」 と唱えたところ、岩がスーッと落ちてきた、と。こういう話が日蓮聖人の伝記の中に残っております。 (法華経霊力で開運する。たちばな出版参照)


追記、生涯、様々な法難を受けた日蓮聖人です。法華経の中に絶対性を確信していたからこそ、法華経に守護され、奇跡を発揮されたのです。 今もなお、霊界から強い波動で、法華経の行者をしっかり守護されていますよ。(西洲)


次回につづく。


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観普賢菩薩行法経



2017 5 1 1

普賢菩薩様の懺悔の法で許されたならば..........(何か法華経って凄いなぁ~)


「法華経」に「無量義経」(むりょうぎきょう)と「観普賢菩薩行法経」(かんふげんぼさつぎょうほうきょう)を加えたものを法華三部経という。もともとは別の経典であったが、この三部をセットにする考え方は天台智顗(てんだいちぎ)の伝記に出てくる。そして平安時代には「無量義経」を「法華経」の開経(かいきょう)プロローグ、「観普賢菩薩行法経」は結経(けっきょう)、エピローグとする考え方が一般化した。


◎「観普賢菩薩行法経」 ............ どんなに悪い世の中になっても「法華経」を信じる者に救いの手をさしのべ、守護すると誓う。そして、普賢菩薩に懺悔(ざんげ)をすれば、その罪は許されて、それによって受ける利益は、はかり知れないと説かれる。

   願わくは尊者遍吉(そんじゃへんきつ)、我に色身を示したもうべし! 

と、経典に記されていますが......

普賢菩薩に宿世(しゅくせ)の一切の業縁(ごうえん)を説いて、黒悪の一切の罪事(ざいじ)を発露(ほつろ)し、懺悔(ざんげ)し自分で犯した罪を悔い改めることを、一日より三七日(21日)に必死に懺悔(祈願)したならば、普賢菩薩(尊者遍吉)は、その人の前にお姿を現すと約束されています。

人と生まれてきた以上は、誰もが前世からのカルマを背負い、自分で蒔いた種(カルマ)は自分で刈り取りしなくてはなりません。一般的な人たちは、人生四苦八苦、苦しみながら、カルマを一生涯かかりながら刈り取ります。今世に刈り取りできなかったら、来世と。しかし、「法華経」を受持し、読誦し、「観普賢菩薩行法経」を実践することにより、カルマを滅罪していただき、 人生を好転させていただける大変ありがたいお経なのです。

私は(西洲)この結経「観普賢菩薩行法経」を最重要経典だと思います。前世からの罪、今世、新たに作り出してしまった罪、を許していただけます。そしてご先祖が犯した罪までも、軽減させていただけます。

とにかく、必死に普賢菩薩様に懺悔をしなくてはなりませんが..............

第一の懺悔の法から、第五の懺悔の法が記されていますので、是非、「法華経」を受持して、実践しましょう。

私は、お姿を見ることができました。ぜひとも、関係者の皆さまも拝見していただきたたい思いです m(_ _)m

、カルマには善いカルマ(良い結果、幸運)が現れる。悪いカルマは貧困、病弱、家庭内の悩み、ノイローゼ、人間関係の悩みなど、全ては自分が犯した業(ごう)により起こります。

追記、普賢菩薩様のお姿は、業(ごう)の浅い人は三七(21日目)には見えるようになります。業が深ければ、七七(49日目)に見えます。もっと深い人は一生かかるし、さらにもっと深い人は、つぎの世で見えますよ。もし実践して見えなかったら、覚悟を決めて、しっかりと、今世、法華経を学びましょう。 (西洲)

次回につづく。


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プロフィール

白蓮の香り

Author:白蓮の香り
白蓮堂のブログにご訪問ありがとうございます。神界、霊界、人間界(魂.心.肉体)は綿密に繋がっています。少しでも多くの人々に真実を知っていただきたく思い仏教の中での最高峰の経典、「法華経」をご紹介させていただきます。私(渡辺西洲)が勧める¨本物の法華経¨と出遭えたなら、あなたに、奇跡が起きます! 一人でも多くの人にご縁がありますように ....... (合掌)

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