日蓮聖人の教え その5



2017 9 24

「法華経」 に帰依して、日々「よみがえり」を。



※法華経の第一人者は、何といっても日蓮聖人です。法華経に生きた日蓮聖人の教えを紹介します。


妙(みょう)とは蘇生(そせい)の義(ぎ)也(なり)。
蘇生と申すは、よみがへる義也。

(法華題目抄)


訳、「南無妙法蓮華経」の「」 とは、蘇生するということを意味しています。仏道を成就する道を見失った人間がもう一度生きかえる意義を明らかに示しているのです。


◎「よみがえる」 ことの大切さ

「蘇生」とは、よみがえること。「生きかえる」 「蘇活する」 という意味です。ここで「妙」 の意味が問われるのは、「南無妙法蓮華経」 の 「妙」 の意味への問いかけです。

鎌倉時代の当時、「人は死んだらどうなるのか」 ということが重大事として人々に迫りました。よみがえって平和な時代になったいま、長寿社会を迎えて「どのように死を迎えるのか」 人々は困惑しています。同じ課題がいつの世にも迫ってくるのです。

日蓮聖人は、遥かなる浄土への往生(おうじょう)によってではなく、「法華経」 に帰依(きえ)することによって生きる現実世界において「よみがえり」 を確かめる意義を説いています。 (知識ゼロからの日蓮入門 渡辺宝陽著、参照)


追記、現実世界を力強く生き抜くためには、「法華経」と共に生きることがベストです。(西洲)


次回につづく。


法華経の入手の仕方や方法は

※くわしくは、白蓮堂のホームページをご覧ください(^_^)v
 
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法華経に関わる、こぼれ話 その8



2017 9 17

巧妙に神仏の姿に化ける、動物霊! 審神(さにわ)力が大切です。


※今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)は、平安時代末期の十二世紀初頭に成立した説話集である。1059話からなる大部の書物であり、インド、中国、日本の三国に分けて説話が記載されている。そのうちの89話に「法華経」霊験譚(れいげんたん)がおさめられている。今回、紹介するのは巻第二十の第十三話です。


◎今は昔、京都の愛宕山(あたごやま)に、長く修行を続けている持経者(じきょうしゃ)の上人があった。僧坊から出ることなく長年にわたり余念なく法華経を読誦していたが、智恵はなく法門を学んだこともなかった

その山の西に鹿や猪を射殺すことを仕事とする一人の猟師が住んでいた。猟師は上人をねんごろに敬い、しばしば訪れては折節に供養の品を届けていた。ある日、久しぶりに猟師が果物などを持って訪れると、上人はよろこび迎え会わなかった間の消息などを話していたが、急にひざを進めてささやいた。

「近ごろきわめて貴いことがある。長いあいだ余念なく法華経を読誦してきた霊験であろうが、最近、夜な夜な普賢菩薩が現れたまう。だから今宵はここに留まって拝んでいきなされ」

「それはきわめて貴いことでございます。拝ませていただきます」。そう言って猟師は寺に留まり、そっと上人の弟子の幼い童子に尋ねた。

「普賢菩薩が現れると上人は言われるが、汝も見たことがおありか」

「もちろんです。五、六度拝見しました」

「ならばわしでも拝見できるかもしれない」

そう思いながら猟師は上人とともに寝ずに待っていた。九月二十日すぎのことなので夜はたいそう長い。今か今かと待っていると、夜半過ぎと思われるころ東の峰のあたりが月が出たように明るく白くなり、あたりを払うように峰の嵐が吹き、僧坊の中も月の光が射し込んだように明るくなった。

見れば白く輝く菩薩が白象(びょくぞう)に乗って下りて来られる。その様は限りなく貴くありがたく、やがて菩薩は僧坊正面すぐの所に下り立たれた。上人は泣きながら恭しく礼拝し、後ろにいた猟師に言った。

「どうだ。そなたも拝みなされたか」

「まことに貴く拝みました」

と猟師は口では答えたものの、心の中で思った。「上人は長年法華経を読誦してきたのだから、菩薩が見えて当然かもしれない。しかしお経も知らない童子やわしにも見えるというのは実にあやしい。まことの菩薩かどうか試してみるのも、信心のためなら罪を作ることにはなるまい

そこで、とがり矢を弓につがえて強く引きしぼり、拝み伏している上人の頭越しに射かけてみた。矢はみごと菩薩の胸に命中し、とたんに火を吹き消すように光は消え失せ、大きな音をたてて何かが谷の方へ逃げて行った。

「こっ、これはいったい何をなされるのか」と泣き叫ぶ上人に、猟師がねんごろになだめるように言った。「お静かになされませ。合点がいかず怪しく思ったので試してみたまでです。決して罪作りなことではありませぬ」

しかし上人の嘆きは止まなかった。夜が明けてから菩薩が立っていたところを見ると、血がたくさん流れている。その血をたどっていくと一町ほど下った谷底に、大きな狸がするどい矢で胸から背中まで射抜かれて死んでいた。それを見てやっと上人の悲しみは消えた。

修行を積んだ上人といえど智恵のない者はこのようにたぶらかされる。殺生の罪を作っている猟師といえど、思慮があれば狸の化けの皮をはがすことができる。狸は人を化かすことができるかもしれないが、そのために命を失うなら化かしたところで何ら益なきことである。

追記、動物霊から波動を受ける世の霊能者や宗教指導者。特徴として、¨我こそは、我こそは、¨ です! 気をつけましょう。(西洲)


次回につづく。


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法華経の守護神 その4(七面天女)



2017 9 10

「法華経」を信じる人々を守護する七面大明神。


※仏教の経典の中でも「法華経」は最上最勝のものといわれ、仏、菩薩をはじめ天部の神々は、「法華経」を護持(ごじ)する者を必ず守るものであり、また守らなくてはならないという定めがある。というのは、「法華経」が説かれた霊山会(りょうぜんえ)において、十方(じっぽう)、三世(さんぜ)の諸仏、菩薩、諸天が「法華経」の行者を守護する誓いを立てているためです

◎七面天女(しちめんてんにょ) ..................... 身延山を守護する女性の龍神

※読経を聞く謎の女性

七面山(しちめんざん)の地底深くに、一丈(いちじょう)あまりの赤龍(せきりゅう)が潜んでいると伝えられる。これが七面天女、また七面大明神といわれる神の正体である。七面大明神は、日蓮宗.身延山久遠寺の裏鬼門を護る山門守護神として古くから崇信されてきた。そして、身延山は日蓮宗の総本山として、日蓮宗を信仰する人々の尊崇をうけているところから、七面大明神も、単に身延山の守護神としてだけでなく、「法華経」を信じる人々の守護神として崇拝されるようになったのである。

七面大明神が、身延山の守護神として崇められるようになったことについては、次のような話が伝えられている。日蓮聖人が身延山に隠棲(いんせい)中のことである。聖人が「法華経」 を読誦していると、しばしば柳(やなぎ)色の衣に紅梅の袴(はかま)をつけた妙齢(みょうれい)の女性がどこからかやってきて、読経に耳を傾けて聞いていた。日蓮聖人の弟子や信者たちは、その女性がいったい何者であるのか怪しんでいた。

ある日、日蓮聖人が、その女性に尋ねると、「私は、身延山の一峯(いっぽう)である七面山の池に棲(す)むものです。聖人が「法華経」 を読まれるのを拝聴(はいちょう)し、その功徳によって諸々の苦悩から逃れたいと思っているのです」 と答えたのだった。そこで、日蓮聖人は大曼荼羅を女性に授与し、自身が霊覚(れいかく)でその正体を知っていたことを他の人に説明したのである。それによると、この女性は、実は弁才天で、霊鷲山(りょうじゅせん)の「法華経」 の会座(えざ)で、「法華経」 の行者を守護するという誓いを立てた天女だったのである。

そのあと、花瓶を取り出して、その女性の前に置き、その姿を映させると、たちまちその高貴な姿は、一丈あまりの赤い龍に変じた。そのとき、日蓮聖人が「これより先、永く七面山に住み、身延山の水火兵乱(すいかへいらん)等の様々な難を祓い、七堂を護るように」 と命じると、龍は深くうなずき、七面山の池に帰り、水底深く隠れていったというのである。これが、七面大明神を身延山の守護神として崇めるようになったきっかけとされている。

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大変美しい、七面天女

さて、七面天女のルーツは弁才天説ばかりではなく、その像が容姿端麗なところから吉祥天であるとか、龍身を現したところから「法華経」提婆達多品に出てくる8歳の龍女ではないかの説もある。それはそれとして、その七面天女の像は、左の手のひらに宝珠を載せ右手に鍵(けん)を持っている。

この宝珠は、「法華経」 を護持する人々に如意自在に必要なものを引き寄せ悪しきものを退散させる働きを持つ如意宝珠(にょいほうじゅ)であり、鍵は、仏の教えの宝蔵(ほうぞう)を開く宝鍵(ほうやく)であり、私たちの心を法華経」 に開かせる秘鍵(ひやく)なのである。 (日蓮の本、学研参照)


追記、法華経を読むポイントは、法華経の中に自分が入りこんで、一体化することで霊層がガンガン上昇してきますよ。 (西洲)


次回につづく。


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日蓮聖人の教え その4



2017 9 3

この苦しみは法華経を見失っているために起こっているのです。



※法華経の第一人者は、何といっても日蓮聖人です。法華経に生きた日蓮聖人の教えを紹介します。


仏法ようやく顛倒(てんどう)しければ
世間も又濁乱(またじょくらん)せり。
仏法は体のごとし、世間は影のごとし、
体曲がれば影ななめなり。


(諸経と法華経と難易の事)


訳、日本の精神的支柱であるべき仏教が真実を見失ってきたため、社会もまた乱れて濁ってしまいました。というのは、仏教は本体のようなもの、それに対して社会はその影のようなものであるからです。本体が曲がると影もまた、ななめになるのです。


◎社会の動向は精神の影である

日蓮聖人は「現実はいつも移ろいゆくものだがその根本に真理が横たわっており現実の社会現象はその基幹となる真理を映す影なのである」 と述べています。人々は社会現象にとらわれて右往左往していますが、その基幹にある根本の乱れとしっかり対峙(たいじ)しなければ、問題を解決することはできません。

ここでは、仏法を本体、社会を影とみなしていますが、精神や思想.哲学を本体、社会.経済.政治などを影とみなすこともできます。社会や政治をよくしていくことは当然のことで、その努力は欠かせませんが、精神や思想が乱れたままでは社会はよくなりません。社会をきちんと動かしていくためにも、しっかりした思想.哲学を確立する必要があります。

鎌倉時代中期、隣国の中国では宋(そう)が滅び、元(げん)の支配するところとなりました。鎌倉の文化的基盤でもあった六浦(むつら)の港は国際港で、すでに宋の時代に戦乱を逃れた禅僧たちが、この港を経由して鎌倉に入りました。鎌倉幕府は禅宗を厚遇し、「鎌倉五山」を建立します。

禅宗が武士に受け入れられたのに対し、それ以前に中国から伝えられた浄土教は庶民の間に支持を広げました。仏教の隆盛は社会の隆盛をもたらすはずですが、鎌倉時代は飢饉(ききん)や疾病、内乱、天災などが次々に発生し、庶民は苦しみました。

いったい何が間違っているのか。日蓮聖人はその原因の究明を目指し、正しい教えである「法華経」 が見失われているからである、と説いたのです。 (知識ゼロからの日蓮入門 渡辺宝陽著、参照)


追記、今の現代も、地震や水災などの天災の原因は法華経を見失っているためですね。(西洲)


次回につづく。


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白蓮堂のブログにご訪問ありがとうございます。神界、霊界、人間界(魂.心.肉体)は綿密に繋がっています。少しでも多くの人々に真実を知っていただきたく思い仏教の中での最高峰の経典、「法華経」をご紹介させていただきます。私(渡辺西洲)が勧める¨本物の法華経¨と出遭えたなら、あなたに、奇跡が起きます! 一人でも多くの人にご縁がありますように ....... (合掌)

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