諸経の王「法華経」の世界とは その3 (久遠実成)


永遠の生命を通じて私たちに呼びかけを続けるお釈迦様 ....... 久遠の仏陀釈尊 ...... の声、それが「法華経」 です。現代においてもこの経典の影響の大きさには計り知れないものがあり、そのあまりにも大きな思想とその存在について、その一端をたどってみたいと思います。


2018 4 29

仏の教えの永遠性、久遠実成とは。




◎法華経の三大思想


宇宙の統一的真理 (一乗真実、いちじょうしんじつ)
仏の教えの永久性 (久遠実成、くおんじつじょう)
「妙法蓮華経」 の弘通 (菩薩行道、ぼさつぎょうどう)

〇久遠実成(くおんじつじょう)

「法華経」 は中盤にいたると常識を覆(くつがえ)す驚くべきことを語り始める。歴史上の釈尊の軌跡(きせき)を、ある意味で‘否定’ してしまうのである。釈尊は紀元前5世紀ころに生誕(せいたん)し、29歳で出家、さまざまな修行の末、35歳で「悟り」 に到達したとされてきた。しかし、そうした過程はあくまで‘仮の姿’ だったというのである。

「法華経」 の真髄(しんずい)である第十六.如来寿量品の釈尊は、こう話しだす。「私は悟りを開いてから今日にいたるまではかり知れないほどの歳月を生きている分別を遥かに超えた無量無辺(むりょうむへん)久遠の過去に仏となり過去現在未来にわたって永遠に人々を教化し続けているのです」 ...............

紀元前後の大乗仏教の成立期にあってさえ、過去の尊氏となっていた釈尊が、突然、現在のものとなってしまったのである。そして、未来にも永遠の生命を保ちながら教え導くという ............ 。まさに価値観の驚異的な変化なのだが、こうした動きにより、大乗仏教は釈尊の直接的教化による一般庶民の救済という新たな側面を持ち始めたのである。

※民衆を救済するための仮の姿

いかにもインド的な時空を超越した独特の宇宙観ともいえるが、この‘久遠仏’ は急に創出(そうしゅつ)されたものではない。釈尊が入滅したのちまもなく、釈尊をどう位置づけるべきであるかという論議が巻き起こった。釈尊自身は自らの生命の終焉(しゅうえん)に臨んで弟子たちにいい残した。「私が亡(な)きあとは、大宇宙の真理(法)と自分の心を、ともに灯(あか)りとしなさい」 しかし、弟子たちにとっては、亡くなった釈尊自身が大宇宙の真理だった。追慕(ついぼ)の念はつのる一方で、まもなく遺物(いぶつ)や遺跡への崇拝が始まる。それとともに、釈尊の肉体は滅びたが、本身は滅びないという考え方が発生した。さらに本来は永遠なる存在だったが、民衆を救済するためにこの世に姿を現したという考えに発展していくのである。

宗教における教祖へのこうした位置づけは普遍的なことであり、イエス.キリストの「復活再降臨」 への信仰も、その代表的なものといえるだろう。時間への概念に永遠性と神秘性を持たせることが顕著(けんちょ)なインド的想像力においては、さらに容易な展開だったのかもしれない。やがて仏身論は、より複雑な様相を呈(てい)し、法身(ほっしん).報身(ほうじん).応身(おうじん)の三身(さんじん)論が出現する。法身とは宇宙にあまねく存在する無始無終(むしむしゅう)の仏、報身とは請願と修行によって仏となった有始無終(うしむしゅ)の仏、応身とは悟りと入滅を持った有始有終(うしうしゅう)の仏である。

こした区分では、釈尊は応身の仏とされる。われわれと同じ体を持ってこの世に生を享(う)け、修行し、悟りを得るにいたったのだから ............... 。 ところが「法華経」 は、この三身を一体として、釈尊こそ永遠の生命を持った存在だと定義したのである。

※「法華経」 に見出す運命的な救済論

「法華経」 が説く「久遠の仏があって、過去も現在もこの世にあり、さらに未来の果てまでも無上の教えを説く」 という教えは、一般民衆の立場からも理解しやすい。逆にいえば、一般民衆の潜在(せんざい)的な支持や欲求が、ある程度、その出現に力を及ぼしたのかもしれない。残念ながら、インド本国では信奉者はあったものの、大きな潮流(ちょうりゅう)とはなり得ず、まもなく仏教そのものも衰退していく。

しかし、中国へそして日本へと渡って(はな)開いた法華信仰は、救済という現世利益から庶民の間に浸透(しんとう)して、強い支持を得ていくことになる。

日蓮聖人は「法華経」 の優位性と絶対性を発見し運命的な民衆救済を「法華経」 の中から見出したのではないだろうか。
(日蓮の本、学研、その他参照)


追記、「自灯明法灯明」という言葉を聞かれたことがあるかもしれません。
それは、お釈迦さまがなくなるまえにお弟子さん達におっしゃったこと、「自分自身と法(教え)をよりどころとしていきなさい」ということですね。お釈迦さまという存在がなくなっても、受け継がれた教えは滅び流ことがないということですね。


次回につづく。


法華経の入手の仕方や方法は

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諸経の王「法華経」の世界とは その2 (一乗真実)


永遠の生命を通じて私たちに呼びかけを続けるお釈迦様 ......... 久遠の仏陀釈尊 ....... の声、それが「法華経」 です。現代においてもこの経典の影響の大きさには計り知れないものがあり、そのあまりにも大きな思想とその存在について、その一端をたどってみたいと思います。


2018 4 22

宇宙の統一的真理、一乗真実とは。




◎法華経の三大思想


宇宙の統一的真理 (一乗真実、いちじょうしんじつ)
仏の教えの永久性 (久遠実成、くおんじつじょう)
「妙法蓮華経」 の弘通 (菩薩行道、ぼさつぎょうどう)

〇一乗真実(いちじょうしんじつ)

「悟りを開く。あらゆる欲望の動揺から説き放たれ、心に、無上の安心を得る」 ............... どれほどの人が、この究極の目標に挑(いど)み、近づき、そして苦しんだことか。

釈尊の入滅後、教義の解釈をめぐって教団は揺れ、さまざまな宗派が発生する。主張も割れて、それぞれの立場に従った修行の道を進むことになる。早くも、大きな迷いよ苦しみが始まったのである。釈尊の説法を直接聞いた「声聞」(しょうもん)と、独自の研鑽(けんさん)で真理の真髄(しんずい)に近づこうとする「縁覚」(えんがく)は世界を離れ、ひたすら自分たちの「悟り」 を追い求めようとした。いわゆる「小乗」(しょうじょう)あるいは「二乗」(にじょう)といわゆる人たちである(「乗」というのは、悟りにいたる「乗り物」という意味)。しかし「二乗」 の人たちに結果として生じたのは、生きる喜びを失い、死んで無に帰することをもって「悟り」 とする一種のニヒリズムだった。

紀元前後になると、こうした思想に対する革命運動が起きる。人生を虚無的に捉えることは本来の釈尊の教えに反すると批判。まず「声聞」 と「縁覚」 は仏にはなれないという「二乗不作仏」(にじぉうふさぶつ)論が、打ちだされた。続いて‘いや、すべての人は仏となり得る’という論へと発展。「声聞」 も「声聞」 も、大衆のなかにあって実践活動をする「菩薩」(ぼさつ)も、すべて「悟り」 にいたる可能性を秘めているという壮大な肯定論が生まれた。その強力な支えと推進力になったのが、ほかでもないこの「法華経」 なのである。あらゆる人々(三乗)は、一つの大きな「乗り物」 つまり「一乗」 の上にあると説いたのである。

※具体的な意味を超えた教え

人間のみならず無限の事象を抱擁(ほうよう)して、「肯定、また肯定、そして絶対肯定する」 という思想の意味を理解することは簡単である。しかし、その価値観を具体的に理解するのは、きわめてむずかしい。「法華経」 においても、釈尊は最初から「一乗」 を説いたのではなく、便宜的に「二乗」 「三乗」 から話し始めたとしている。ここから「三乗方便、一乗真実」 という言葉が生まれることになる。

さらに「法華経」 全体を見た場合にも、論理的な思想.哲学が構築されているとはとてもいいがたい。壮麗(そうれい)な舞台設定に、絢爛豪華(けんらんごうか)なイメージ世界が展開されているのだが、極論すれば、そこに示されているのは「法華経」 の優位性と安全性の協調のみである。当然、批判も多くて、「終始仏を讃えるだけで、経典とは呼べない」 「架空の作り話にすぎない」 「能書きばかりで、肝心の役に立つ薬がない」 という痛烈な指摘が、仏教学者などからあがっているのも事実なのである。

※「信」 によって獲得した日蓮聖人

だがしかし、日蓮聖人の解釈は、まったく異なった。八巻二十八品の「法華経」 が語る 「すべての事実と現象は平等でありひとつの存在とあらゆる存在は相互に結びついて眼の前に具現(ぐげん)されている」 という認識は架空な話ではなく‘絶対の真理’ だと強く信じたのである。

つまり、「万有(ばんゆう)にて統一的な宇宙真理」 は確実に存在すると断定した。あらゆる経典を読破し、仏教思想の変遷(へんせん)を調べ尽くした日蓮聖人の結論がそうだった。少なくとも、「法華経」 には「一乗真実」 というきわめて強い求心力があることを、熱い感動とともに確認したのである。

いうなれば「信」 によって獲得すべき教えが、「法華経」 なのである。 (日蓮の本、学研、その他参照)


追記、一乗真実、法華経にはきわめて強い求心力があること。 奥が深い教えですね (´・ω・`) (白蓮堂)



次回につづく。


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諸経の王「法華経」の世界とは その1


永遠の生命を通じて私たちに呼びかけを続けるお釈迦様 ............... 久遠の仏陀釈尊 ............ の声、それが「法華経」 です。現代においてもこの経典の影響の大きさには計り知れないものがあり、そのあまりにも大きな思想とその存在について、その一端をたどってみたいと思います。

霊鷲山

法華経によれば、この霊鷲山に8万人もの悟りを求める人々が集まり、
釈尊の説法を聞いたそうです




◎法華経は、霊鷲山(りょうじゅせん)で説かれた。

「法華経」 は、霊鷲山で説かれたというところからその内容が始まります。霊鷲山というのは、インド、ビハール州のほぼ中央に位置する。かつてのマガダ国の首府ラージャグリハ(王舎城)の東北にある小高い山であります。「法華経」 では、特に鷲が飛び立つかのような姿をした霊鷲山であることを強調し、ただその地上で説法が行われるだけでなく、途中で(具体的には「見宝塔品第十一」から「嘱累品第二十二」まで)説法の場が虚空会(こくうえ)上(大空の上)に移されるのであります。古人もその光景を次のように歌っています。

わしの山 ひとのこころの 春まちて 御法(みのり)の花は ひらけ始めけん  
(鳥丸光広「黄葉和歌集」)

大意は次のとおりです。

※霊鷲山よ! 人々が春を待つかのように、法の花が開花を待っていたかのように、
今「妙法蓮華経」 の教えが説かれ始めますことよ!


そのような不思議な霊鷲山の光景を通して、「妙法蓮華経」 の 「法」 の真意が明らかにされ、「法華経」 がたたえられております。

◎「法華経」 三つの特色は

近代における日本の仏教研究には、伝統的仏教教理研究と近代仏教学研究という二つの系統があります。これらを総合して、最近の「法華経」 についての認識として、その特色は、次の三つに絞られるとされております。

宇宙の統一的真理 (一乗真実、いちじょうしんじつ)
仏の教えの永久性 (久遠実成、くおんじつじょう)
「妙法蓮華経」 の弘通 (菩薩行道、ぼさつぎょうどう)

仏陀釈尊のイメージは、私たちにとってははるかに遠いものに感じられて身近な導きの師の姿を心に描くことが困難です。しかし、「法華経」 を繰り返し繰り返し拝読してみると、釈尊の行動や活動が決して個人的なものとしてとらえられるのでなく、現実的な仏陀を中心とする教団のなかで、仏陀が宇宙の真理を明らかにし衆生を救済する意図を鮮明にしようとするものであることが推察されるのです。

仏陀の到達された「悟りの世界」 は深遠な境地であります。その深遠な境地に人々を導き入れるということは容易なことではありません。一般社会でも考え方を伝達することは簡単なことではなく、現代社会ではまずマニュアルという簡単にした手順を作って共通理解を確認します。しかしマニュアル人間であるかぎり、伝達すること自体がただの道具に終わってしまいます。その根源となる意図をだんだんと認識し、それを深めていけば、突然、世界全体の認識や人間存在そのもののとらえ方も変化し、大きく飛躍した境地に安住することができます。一般企業でも、代表的なリーダーの経験を語る言葉に耳を傾ける気持ちになるのは、そうした飛躍した世界をうかがい知ることができるからです。 (仏陀永遠のいのちを説く、渡辺宝陽著、その他参照)

追記、私たちは縁あって法華経を手にすることができました。そしてこうやって、私たちが学んできたことをブログでお伝え出来ることをとても幸せに感じています。そして、このブログを訪問してくださってる方も「ご縁のある方」です。ご縁に感謝しております。 (白蓮堂)


次回につづく。


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釈尊と十大弟子、その11 羅睺羅(らごら)



2018 4 8

釈尊の一人息子ラーフラ(羅睺羅)は...。


◎ 釈尊の十大弟子........ 釈尊の率いる仏教教団には、聖者の最高の境地である阿羅漢果(あらかんが)の悟りを開いた弟子が500人いた。その弟子を中心に、多くの信者が集まり、仏教教団を構成委していったのである。「十大弟子」 と 呼ばれる人々は、その中核となって教団を支えた弟子たちのことを指す

☆密行(みつぎょう)第一、 ラーフラ、別名を羅睺羅(らごら)

※父、釈迦の定めた規則を守って便所で寝る

ラーフラ(羅睺羅)は、釈迦の一人息子である。かねてから城を出て出家の旅に出ようと決めていたゴータマ(釈迦)のもとに、妻のヤショダラー(耶輸陀羅妃)が子どもを産んだという知らせが届いた。ゴータマ(釈迦)は、思わず、「ラーフラ」と呟(つぶや)いたという。ラーフラには「障碍、しょうげ」 という意味がある。これから出家しようという身に、愛する子どもは、修行の妨げになるという意味で呟(つぶや)いたのであろう。使いの者から、ゴータマ(釈迦)が「ラーフラ」 と呟いたという報告を受けた父のシュッドーダナ王は、孫をラーフラ(羅睺羅)と名づけた。   

ゴータマ(釈迦)は、ラーフラ(羅睺羅)の誕生から7日後、家族を捨て、真理を求める旅に出たのであった。29歳のときである。それから6年後、悟りを開いて仏陀となり、教えを説く旅をつづけながら、故郷のカピラヴァストゥに帰った。久しぶりに帰った釈迦の一行を、シュッドーダナ王はじめカピラヴァストゥの人々は、それは手厚く迎えたのであった。

ヤショダラーは、ラーフラ(羅睺羅)に言った。「ラーフラ(羅睺羅)よ、ご覧 あの方がお前のお父さまだ。さあ、会いに行って本来親からもらうべき財産をもらっておいで」 母に言われた通り釈迦に会うと、ラーフラ(羅睺羅)は、財産をいただきたいと言った。財産といっても、出家した釈迦には、与えるような物などなにもあるはずがない。ただ、真の教えを除いては。そう考えた釈迦は、シャーリプトラ(舎利弗)に命じてラーフラ(羅睺羅)の出家の儀式を行わせた。ラーフラ(羅睺羅)の突然の出家を知ったシュッドーダナ王と母のヤショダラー(耶輸陀羅妃)は、驚き、嘆き、悲しんだという。

以後、シャーリプトラ(舎利弗)とマウドガリヤーヤナ(目連)が、直接ラーフラ(羅睺羅)のも指導にあたった。ラーフラ(羅睺羅)が、まだ戒(かい)を受けていない見習い僧だったとき、こんなことがあった。仏教教団では、夜の説法が終わると、年長の修行僧はそれぞれの部屋に戻って眠り、若い比丘(びく)たちは、在家の信者たちと一緒に一つ部屋で寝ていた。ところが、夜になると、部屋は信者の寝言やいびきで騒々しい限りであった。ある比丘が、これを釈迦に訴えた。すると釈迦は、戒を受けた者と一般信者は、それぞれ別の所で寝るようにと言い渡した。

さて翌晩である。これまでラーフラ(羅睺羅)の寝る場所は、若い比丘がいろいろと世話をやいてくれていたので確保されていた。ところが、今晩からは、釈迦の決めた規則通りにしなければならない。世話をやいていた比丘は、まだ授戒していないラーフラ(羅睺羅)と一緒に眠ることができないので、ラーフラ(羅睺羅)のことは放っておいた。まだ勝手を知らないラーフラ(羅睺羅)は、どこで寝たらよいのかわからない。迷惑をかけてはいけないので、比丘たちに聞くこともなかった。結局、誰にも迷惑をかけず、規則を守ることのできる便所で眠ることをしたのであった。翌朝、便所にいるラーフラ(羅睺羅)を見つけた釈迦は、その顚末(てんまつ)を聞き出した。

...... 比丘たちは、新たな決まりができるとそれを守ることに夢中になって、わが息子ラーフラ(羅睺羅)でさえ、見捨てて面倒をみなかった。これがもし、他の見習い僧であったらどうであろう ...... 。

釈迦はこれから入ってくるであろう見習い僧のために、先に決めた規則を次のように変えることにした。「今晩、戒を受けていない者でも、勝手のわかるまでの1~2日の間は、比丘の部屋に泊まって良いことにする。だが、比丘は、そういう見習い僧を、3日までには自分で部屋を見つけられる程度に面倒をみ、指導するように」

こうして、新しい規則ができたのであった。後に規則を守ったラーフラ(羅睺羅)の行為は賞賛されて、良く規律を守る者として密行第一といわれるようになった。 (釈迦の本(学研)、その他参照)


追記、決まりを守ることと面倒を見ること、その判断をどうやってやっていくかということだと思います。今の時代とは違って、お釈迦さまの指示がないと、勝手に行動できなかったということなのでしょうね。 お釈迦さまの子でも同じ様に厳しく修行が行われたのだと思います。

さあ~これで全十大弟子をご紹介させていただきました。 法華経の中にいっぱい名前が出て来ますが、一人一人の個性や活躍さが理解されて読むこれからの法華経は、また違う法華経に変わるはずです。 合掌 (白蓮堂)

次回につづく。


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釈尊と十大弟子、その11(優波離,うばり)



2018 4 1

身分が低いウパーリ(優波離)だったが、釈尊に認められて持律第一と賞賛されるまでなった。


◎ 釈尊の十大弟子........ 釈尊の率いる仏教教団には、聖者の最高の境地である阿羅漢果(あらかんが)の悟りを開いた弟子が500人いた。その弟子を中心に、多くの信者が集まり、仏教教団を構成委していったのである。「十大弟子」 と 呼ばれる人々は、その中核となって教団を支えた弟子たちのことを指す

☆持律(じりつ)第一 ウパーリ、別名を優波離(うばり)

※下級の身分ながら一途な信仰で教団の信任を得る


インドは、今も昔もカーストと呼ばれる身分階級制度が存在する。ここで紹介するウパーリ(優波離)は、カーストの中でも最下層のシュードラ(奴隷)という身分であり、釈迦族の理髪師であった。あるとき、王子アナルッダをはじめとする釈迦族の若者6人が、釈迦のもとへ弟子入りすべく出発した。彼らに付き従っていたウパーリ(優波離)も同行していた。道の途中、彼らはウパーリ(優波離)にいった。

「お前は、ここから帰りなさい」 ウパーリ(優波離)は迷った。このままおめおめと城に帰れば、なぜ彼らの出家を止めなかったのかと責められるに違いない。しかもウパーリ(優波離)は、彼らから渡された金銀財宝を手にしていた .......... 。これでは王の意に反するばかりか、自分は罪を問われて処刑されてしまうかもしれない。「だったらいっそ、自分も出家してしまおう」 ............. ウパーリ(優波離)は、城に戻らず、彼らより先に釈迦のもとへ走った

「世尊よ、私のような身分の低いものでも僧になれるのでしょうか」 釈迦は、ウパーリ(優波離)の必死さに打たれた。同時に、ウパーリ(優波離)の素直で一途(いちず)な性格を見抜いていた。釈迦は出家を許した。もとより、仏教教団はカーストを認めていなかった。まったく平等社会である。ただし、後から入った者は先に入った者に敬意を表さなければならないという、法臘(ほうろう)とよばれる規則があった。

さて、ウパーリ(優波離)に続いて6人の若者が到着した。釈迦は、彼らにウパーリ(優波離)を礼拝するよう促した。ウパーリ(優波離)よりはるかに身分の高い彼らはどうしたか。法臘(ほうろう)に従い、快く礼拝したのであった。当然のこととはいえ、カーストを考えれば画期的なことであった。

その後、ウパーリ(優波離)は教団内でめきめき頭角を現していく。とりわけ戒律に精通し、さまざまな事件を調停したことから、持律第一と賞賛されるようになったのである。 (釈迦の本(学研)、その他参照)


追記、これまで絶対だとしてきた身分制度から、法門の世界へ入った時に、「快く」礼拝したというところに、お釈迦さまの元では身分ではないということをウパーリも、6人の若者も感じたのだと思います。
現代社会では、肩書きや、学歴や資産などで人を判断してしまいがちですが、それにとらわれることなく、接することが大事だということに気づかせていただく話ですね。


次回につづく。


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プロフィール

白蓮の香り

Author:白蓮の香り
白蓮堂のブログにご訪問ありがとうございます。“縁起を見るものは法を見る法を見るものは私を見る”(ゴータマ.ブッダ)この世で起こっていることは、全て因果の法則からなのです。あなたの存在、家族の存在、今の苦しみや障害も、前世からの因果の法則です。そのためにも、少しでも多くの人々に真実(宇宙の真理.法則)を知っていただきたく思い仏教の中での最高峰の経典、「法華経」をご紹介させていただきます。私(渡辺西洲)が勧める¨法華経¨と出遭えたなら、あなたに、奇跡が起きます! 一人でも多くの人にご縁がありますように ....... (合掌)

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