第16章 如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)その5



毒薬
毒薬で苦しんでいる子供たち(我々)に、父(お釈迦様)の次の一手とは!
 

◎良薬を飲む

仏の生命が久遠常住(くおんじょうじゅう)であるのに、どうしてこの地上に現れた釈迦は八十年で入滅されたのか、その意味を考えるのが次の段である。

然(しか)るに今(いま) 実に滅度(めつど)に非(あら)ざれども、而(しか)も便(すなわ)ち唱(とな)えて、当(まさ)に滅度(めつど)を取るべしと言う。如来是(にょらいこ)の方便(ほうべん)を似(もっ)て、衆生を強化(きょうけ)す。

仏が八十年間この世に現れて入滅されたのは、真の入滅ではない。自分が今から入滅すると釈尊が言われたのは、実は衆生を方便をもって強化(きょうけ)するためなのである。衆生強化の方便として入滅することを予言されたのである。生きていて教えを説くのも方便であり、この世から姿を消して教えを説くのも衆生強化の方便なのである。

仏がもし入滅しないで、いつもこの世におられる、いつでも会って教えを聴くことができる、と考えれば、一生懸命に教えを聞こうという気にならない。いつでもできるということは、いつもやらないということになる。仏にいつでも会えて、いつでも教えを聴くことができると思うと、どうしてもわがままな気持ちを起こすようになる。さらにいつも同じ教えを聴いていると、またか、と思うようになり、飽きてしまう気分になりやすい。人間とはまた何となまけるようにできていることか。

すると「難相(なんそう)の想い」と「恭敬(くぎょう)の心」がなくなる。ああこの人に遭(あ)えて教えを聴くことができてほんとうによかったという気持ちが、「難相の想い」である。千里を遠しとせずに教えを聴く気持になるのはこの想いによる。またそうなると、その人を恭敬(くぎょう)する気持になってくる。

本仏は久遠常住(くおんじょうじゅう)であるが、方便としてこの世に現れる仏には入滅がある。だから「諸仏の出世には、値遇(ちぐう)すべきこと難(がた)し」となる。仏に遭って説法を聞くのは難値難遇(なんちなんぐう)である。

諸(もろもろ) の比丘(びく)、 如来は見ることを得(う)べきこと難(かた)し。

とあるように、仏に遭うことは容易なことではない。地上に現れた釈尊に2500年前、インドにおいて会うことができたのは、恵まれた仏弟子たちに限られる。容易に遭(あ)えない仏であることがわかると、「心に恋慕(れんぼ)を懐(いだ)き、仏を渇仰(かつごう)して、便(すなわち)善根(ぜんこん)を種(う)ゆべし」となる。恋慕というのは離れることができない、そばにいたい、という気持ちである。

世の中に現れて教えを説き、それが終われば入滅するのは何も釈尊だけでなく、どんな仏もそうである。仏がこの世の中から去って姿を消すのは衆生を救うためであり、衆生に信心を起こさせるためである。

この意味をさらによくわからせるために譬喩(ひゆ)を説く。 (法華七譬の最後の譬話し、良医病子(ろういびょうし)です)

(たいへん聡明な良い医者がいた。その人に大ぜいの子供がいた。父の医者は所用で他国へ行った。その留守の間に子供たちが毒薬を飲んだ。父が用事を終えて国へ帰ってくると、子供たちが毒薬を飲んで苦しんでいた。親の顔を見ると喜んだ。子供たちは父親に、自分たちは毒薬を飲んで苦しんでいるので、どうか良い薬を作ってこの病をなおして下さい、と頼んだ。そこで父はよくきく薬を与えた。この良い薬を飲めば苦しみを除いて病を治すことができると言い聞かせた。

子供のなかで、毒が全身にまわってしまった者は、父がせっかく作ってくれた良薬を飲もうとしなかった。あまりにも毒が身の中に深く入っていたため、この良薬の匂いをかいでも、これは良薬であるということがわからなくなって、飲もうとしなかったのである。

父は「此(こ)の子(こ)愍(あわれ)むべし」と思った。何とか方便をもうけてこの良薬を子供たちに飲まさなければならないと思った。そこで父は子供たちに、「お前たちよく聴け、自分は年をとってもうじき死ぬであろう。自分が死んだ後では、お前たちが困るだろうから、ここへ良い薬をおいておくから、これを飲みなさい。病気がなおらないと心配するな」と言って、他国に行ってしまった。しばらくすると、他国から使者が来て、子供たちの父がすでに死んだことを伝えた。

子供たちはびっくりした。父がいたら自分たちを救ってくれたのに、父は他国で死んだとは、誰も自分たちを見とってくれるものはいない。と考えたとき、子供たちの心は覚醒した。そして、すぐこの薬を飲んだために病を治すことができた。父は子供の病が治ったことを聞いたので、急いで国へ帰ってきた。)


父が他国で死んだと伝えたのは方便(ほうべん)であった。子供たちを目覚めさせるためであった。この父とはすなわち仏のことで、子供たちはわれわれ衆生のことである。われわれ衆生は仏が入滅したと聞いて、仏が残した教え(=良薬)を心から実行することになり、救われたのである。

仏が入滅されたのはまさしく衆生を救うための方便であることが、この譬喩(ひゆ)によってよくわかる。


次回に、つづく。


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