第19章「法師功徳品」その5



宝石2
宝玉のような身体に



◎身体に映すとは その1

つぎに経文は身の功徳について説く。法師として五種の行を積んでゆけば、身に無限の功徳がつき、清らかな身となることができると説く。身が清浄になれば、その人のすがたを見るとおのずと見た人の心も清められてゆく。よい例は優れた観音像や仏像を名刹(めいさつ)のなかで見たときである。大和の聖林寺(しょうりんじ)の十一面観音のお姿を見ていれば、自分の心が自然に洗い清められていく気がするものである。経文には、
 
浄明(じょうみょう)なる鏡に、悉(ことごと)く諸の色像を見るが如く、菩薩浄身(ぼさつじょうしん)において、皆、世の所有(しょう)を見ん。唯(ただ)独り自(おのず)から明了にして、余人(よにん)の見ざる所ならん。

とある。清浄な身にあらゆるものが映現(えいげん)するのは、浄(きよ)らかな鏡にすべてのものが映るようなものであるという。清浄な身体にすべての物が映るというのが大切である。ちょうど身体が清浄な鏡やスクリーンのようになる。

身体に映るというのが宗教では重要なのである。目や心に映るのではなく、身体に映るとはどういうことか。身体が五種の法師の修行を長い間行ってゆくと、身体は単なる物質ではなくなってくる。それは霊的存在となる身体は修行によって無限に感度と純粋度を高めてゆくことができる。身体を朝鍛夕錬(ちょうたんせきれん)することによって鍛えてゆくならば、宝玉のような身体となる。身体がありとあらゆるものを感じるようになる

意識は眠っていても、身体はどんな微細な気にも感応するようになる。身体が霊妙な働きを備えるに至る。座禅の修行も、武道の修行も、身体を霊妙にするためのものである。身体を朝鍛夕錬することによって、身体には宇宙の生命大地の気が感応するようになる仏の生命が乗りうつるようになる。経文はあり得ないことを述べているのではない。これはやれば必ずそうなることを説いているのである。

次回につづく。


法華経の入手の仕方や方法は

※くわしくは、白蓮堂のホームページをご覧ください(^_^)v
 
↓↓

↓↓

法華経と共に! 白蓮堂 
http://www3.hp-ez.com/hp/magokoro18
 


コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

白蓮の香り

Author:白蓮の香り
白蓮堂のブログにご訪問ありがとうございます。神界、霊界、人間界(魂.心.肉体)は綿密に繋がっています。少しでも多くの人々に真実を知っていただきたく思い仏教の中での最高峰の経典、「法華経」をご紹介させていただきます。私(渡辺西洲)が勧める¨本物の法華経¨と出遭えたなら、あなたに、奇跡が起きます! 一人でも多くの人にご縁がありますように ....... (合掌)

カテゴリ
最新記事
訪問者
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
ランキング
ことわざ
Powered by www.seiku.net
白蓮堂からのことば!
仏像
今日の時事英語
トライしてみて!
誕生日占い
相性占い!
QRコード
QR