第28章 「普賢菩薩勧発品」その2



2017 4 9

「法華経」の教えを体得できれば、必ず仏に成ることができる。


法華経の最後の章です。

◎四つの条件

仏が普賢菩薩に言うには、如来の滅後に「法華経」を弘めようとするならば、四つのことをしっかり守る必要がある。

  一、諸仏に護念(ごねん)されること。
  二、諸(もろもろ)の徳本(とくほん)を殖(う)えること。
  三、正定聚(しょうじょうじゅ)に入ること。
  四、一切衆生を救う心を発(お)こすこと。

第一の、諸仏に護念されることを信じることは大切である。どんなことがあっても必ず仏が護(まも)ってくださるということを固く信じることである。

第二の、諸(もろもろ)の徳本を殖(う)えることというのは、すべての徳を積む根本は仏に帰依(きえ)することなのである。仏と同じ道を歩もうとかたく決心することである。

第三に、正定聚(しょうじょうじゅ)に入ることとは、正しいことができると定まった人間になることである。仏教では人間の種類を正定聚邪定聚不定聚の三つに分ける。正定聚というのは正しい信仰をもっていて絶対にゆるがない人たち、邪定聚というのはどうにも見込みのない人たち、不定聚というのは善悪にふらついた人たちのことである。ふとしたことから道をあやまるようなのが不定聚なのである。正定聚に入るには、正しい道を見極めて真っ直ぐにその道を進んでいくことである。「法華経の教えを何の疑いももたないで信じることである。

第四には、一切衆生を救う気持ちを持つことである。

この四つのことをしっかりと実行すれば、その人は「法華経」の教えを体得することができる。「法華経」の教えを体得できれば、必ず仏に成ることができるのである。


次回につづく。


法華経の入手の仕方や方法は

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第28章 「普賢菩薩勧発品」その1



2017 4 5

わざわざ東方からこの娑婆世界にきて「法華経」の教えを弘めたいと誓った普賢菩薩。


いよいよ法華経の最終章です。

◎普賢菩薩(ふげんぼさつ)とは

「法華経」の最後の品(ほん)は「普賢菩薩勧発品」(ふげんぼさつかんぼつほん)といって普賢菩薩のことが説かれる。普賢菩薩は文殊菩薩(もんじゅぼさつ)と相対していることが多い。文殊菩薩は獅子に乗り、普賢菩薩は象に乗っている。仏教では普賢は「」をあらわし、文殊は「智」をあらわすといわれている。「理」とは絶対の真理宇宙の生命のことである。「法華経」は「妙法」(みょうほう)を説くといわれるが、この妙法こそ永遠の真理のことなのである。真理はただ真理としてあがめておいたり、しまっておいたりしただけでは、われわれの生活とはまったく無縁なものとなる。そこでこの真理を十分に活用させるものがなくてはならない。それがすなわち「」なのである。智とは真理のはたらきなのである。

理は自利、智は利他ともいえる。理を求めることが不断の修行となる。この求めた真理は必ず人に向かって説かなければ意味はない。真理のほんとうのはたらきとは、世の中の悩んでいる人々を救うことなのである。そこで「法華経」でも初めは文殊菩薩が現れるが、最後には普賢菩薩が現れてきてその全体が完結することになる。普賢菩薩は一切衆生を救う力をもった菩薩であるから、この菩薩の智慧によって「法華経の真理は万人に弘まり人々はそれによって救われるのである。この「普賢菩薩勧発品」は普賢菩薩が来ることから始まる。

普賢菩薩は自在神通力(じざいじんつうりき)と威徳名聞(いとくみょうもん)の力をそなえておられる。自在神通力というのはどんな機根の人に対しても自由自在に教えを説くことができる力である。相手に応じて教えを説くには、相手の心と感応しなければならない。感応するためにあるのがこの神通力なのである。また威徳名聞ということは、衆生を感化する力がすぐれていることをいう。

普賢菩薩は人々を感化するすぐれた力をもっているために、この悪に満ちた俗界の中で菩薩道を行いこの穢(けが)れた世界を必ず清らかな国土にかえようという誓願をもったのである。このような徳をそなえた普賢菩薩が、わざわざ東方からこの娑婆世界にきて「法華経」の教えを弘めたいというのである。

次回につづく。


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第27章 「妙荘厳王本事品」その2



2017 4 1

何度生まれ変わっても法華経と出逢えることは至難の業です。


◎仏と値(あ)うこと難し

二人の王子は父母に言った。「仏に値(あ)うことはむずかしいことだからどうかこの機会を逃さないで下さい」と。

仏さまに値(あ)ってそのもとで修行できるということは容易なことではない。「優曇波羅(うどんばら)の花の如し」、優曇波羅(うどんばら)は三千年に一度だけ花が咲くといわれるが、仏に値(あ)うことができるのは優曇波羅の花を見るのと同じように難しいことなのである。さらに難しいのは、「諸難(しょなん)を脱(まぬが)るること亦(ま)た難(かた)」といわれるように、修行の障害を脱することもまた難しいのである。

もう一つの譬えは、

一眼(いちげん)の亀(かめ)浮木(ふぼく)の孔(あな)(あ)えるが如(ごと)」、大海上の流木の一つの孔(あな)を片方しか見えない亀が見つけだすことはほとんど不可能に近い。それと同じく、仏に値(あ)える機会というものは千載の一遇なのである。

◎善知識はわが子なり

「法華経」の教えにより修行を完成させた国王は、仏のところにいって申し上げた。「バラモンの教えを信じていた自分が、二人の子の感化によって、今や仏法のなかに生きることができ、仏を見ることができました」と。すると仏が妙荘厳王に言われた。お前が善知識である二人の王子に遭えたのは、前世から善根(ぜんこん)を積んでいたからであるとお讃(ほ)めになった。さらに世々代々、お前さんは善知識に遭うことができると言われた。その未来にも遭うであろう善知識は、よく仏の心を体して教えを説き、お前さんを悟りに入らせてくれるであろうと言われた。

最後に仏は大衆にお告げになるには、妙荘厳王とはあに異(こと)人ならんや、今の華徳(けどく)菩薩であり、国王の妻の浄徳(じょうとく)夫人とは荘厳相(しょうそうごんそう)菩薩のことである、と言われた。さらに二人の王子とは今の薬王菩薩(やくおうぼさつ)と薬上菩薩(やくじょうぼさつ)のことであると。

追伸、仏、「法華経」に出逢えるのは、優曇波羅の花や一眼の亀の譬え話にもあるように、いかしに至難の業(わざ)、奇跡に近いかが分かりますね(西洲)


次回は最終章、第28章 普見菩薩勧発品(ふけんぼさつかんぼつほん)に入ります。


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Author:白蓮の香り
白蓮堂のブログにご訪問ありがとうございます。神界、霊界、人間界(魂.心.肉体)は綿密に繋がっています。少しでも多くの人々に真実を知っていただきたく思い仏教の中での最高峰の経典、「法華経」をご紹介させていただきます。私(渡辺西洲)が勧める¨本物の法華経¨と出遭えたなら、あなたに、奇跡が起きます! 一人でも多くの人にご縁がありますように ....... (合掌)

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